「お主、ちと風呂を借りるぞ」

「おー……は? 風呂?」

 あまりに突然の爆撃に、思わず反応が遅れた。

 少女は勝手知ったようにぱたぱたと脱衣所に向かうと、肌にへばりついた和服のような紫の服を躊躇無く脱ぎ始めた。

「な! おいおいおいおいおーい! ちょっと待て待て!」

 慌てて半裸寸前の少女の両手を掴み、押し留める。

「なになに『恥じらいを持て』、か? ふむ、それに『今日初めて逢った男の家で……』なんたらかんたらと言いたいと?」

 正解。

「心配しなくても、お主のような性別的魅力の欠片も感じぬ男を誘ってもつまらん。まあ……」

 そう言って少女は、うろたえる桐原にとどめを刺しにきた。

「お前の“心”にその気があるのなら話は別だが?」

 わざとはだけた肌着の上から自分のふくよかな胸元を両手で掴んで、あろうことかむにむにと揉んでみせる。果たして、着痩せするタイプなのだろう、年下だろうに先ほどより女性的な魅力と色香が漂っている。

 そしてそれを見てニヤニヤと笑う小さな口元は、全面的に悪意と侮蔑のベストブレンドだ。まあ、敵意が混じっていないだけ僥倖か。

「参った……は二回目か。覗かないから、もう勝手にしてくれ」

 相手の役者の方が一枚も二枚も上手だ。

 桐原は両手を上げ、降参のポーズで目を逸らすので精一杯だった。

「とりあえず、濡れたままは気持ちのいいものではないのでな、悪いが風呂は借りるぞ。あと、代わりの服も何かあれば貸してくれると助かる」

 そう言って自身の胸から手を離すと顔をしかめ、不安そうで心配そうで申し訳無さそうな、漆黒とエメラルドの眼差しを桐原に向けた。

「この部屋の主がずぶ濡れで凍えておるというのに、我慢させて先に風呂を頂いてしまってはすまないと思っているのだが……」

 傘を忘れたので案の定、桐原も少女と同じく濡れそぼって帰ってきていた。今もスーツの裾からぽたりぽたりと冷たい水を滴らせている。

 どうやら自分が悪いのは自覚しているようだ。