「空! 朝だぞ、ほら起きんか!」

「うぅ……朝……?」

 くんくん。

 いい匂いがする。久しぶりに嗅いだ、肉が焼ける美味そうな匂い。

 桐原が虚ろな目を開けると、枕元に、ダボダボのジャージとエプロン姿をした、件の少女が立っていた。

 フライパンとフライ返しといった、これまたベタなホームドラマの小道具なんかを手に持って。

「お前……」

「お前はよせと……あぁ、そう言えばまだ名を名乗って無かったか、失礼した。私の名は『夜魅』(よみ)だ。さ、朝飯ができておる。食べようぞ」

 夜魅と名乗った少女は、ソファーで寝ている桐原に掛けられている“起きる戦意を根こそぎ奪う魔の毛布”を無理やり剥がしてきちんと畳むと、再び台所に戻っていった。

 まさかの敗北だ。果たして、我が魅惑の毛布の魔力に打ち勝つ人間がこの世にいようとは。

 ……。

 いやいや、そこじゃないだろ。まだ寝ぼけてんのか、俺。

 両手で頬を叩き、自分に突っ込みをいれたところで、再び朝食のいい匂いと程よい空腹感が桐原の体を包んでいく。

(あ〜、そういや昨日の夜は何も食ってなかったな)

 腹の虫が、冷静な思考回路を妨害(ジャック)するように鳴った。

 それにしても、

「あ〜さ〜飯じゃと言っとろーが!」

(なんなんだ、朝からこの妙な展開は……)