鈍色の空にはゴロゴロと雷の唸り声まで響き始め、時折稲光が暗雲を不気味に照らしている。

 夏場といっても、太陽の沈むこの時間帯の雨にうたれるのは、出来れば家が近い桐原としても避けたいところだ。

 (無事ならいいけど、あの和風な女の子―――)

 雨に濡れる捨て猫を見捨てたような気持ちを拭えないまま、桐原が特徴的なエメラルドグリーンの右目を思い出していると、


「私を呼んだか?」


「うおぅ!?」

 声の先には、玄関先の歩道で膝を抱えてうずくまる、濡れ鼠の少女がいた。

 紫の薄手らしい和装の生地を、ぺったりと白くか細い肢体に貼り付け、直にアスファルトの地面に座り込んでいる。

 思わず雨も恐怖症も何もかも忘れ、駆け寄って顔を覗き込む。

 顔を上げた少女は、歯をカチカチいわせながら挨拶するよう右手を上げ、ぎこちない笑みを向けてきた。

 体が小刻みに震えているのがわかる。唇も紫。顔も真っ青だ。

「お前……そんな所で寒く……?」

「たわけ……寒くない訳が無かろう。あと5分来るのが遅かったら真夏に凍死しておったわ」

 凍え死ぬとは流石に大袈裟な物言いだったが、例年より夏が遅い今年、夜はかなり冷え込む。

 おまけにこの冷たい雨だ。風邪から肺炎でもこじらせたら、重症になることもある。

「お前、もしかして、俺を待ってたのか!?」

「お前は止めろ。……仕方がないではないか、私にはもう身の寄り所などないのだ……」

「え―――」

 唐突に白状しながら震える少女は、再びじっと桐原を見つめた。

「それに私は二度と《鬼》の下には戻りたくない……故に、しばらく匿ってくれるな、お主」

 言いつつ小首を傾げて、少女は騎士(ナイト)にそっと右手を差し出す。

(ぐ……そのいたいけな眼差しは反則だろ!)

 その抜けるような翠の右目に見つめられて、桐原は己の全てが見透かされてしまっている気がした。

 免疫不足、それに経験不足、更に言えば命令口調だ。少女の問い掛けには、疑問符すらついていない。

「はぁ……負けたよ」

 折れるようにため息をつきながら、桐原が小さな冷たい手を取ると、凍える少女は今度こそ満面の笑みで桐原を見上げた。