「お疲れさ〜ん」

「お、お疲れ……さまです……」

 同僚の挨拶にすら、たらりと冷や汗が流れる。

 かれこれ三年、こんな生活を送っているが、馴れる見込みは限りなく0に近い。しかし、そんな精神的圧力を常に受け続けているにも関わらず、今だ発狂せずに仕事をこなせる尋常じゃなく図太いメンタルであることに、本人はまだ気付いていない。


 ホールを抜けると、外はバケツをひっくり返したような雨模様。

 さっきから降り出してきた雨粒は、時が経つ毎にその大きさを増してきたようだ。今では土砂降りにコンクリートを打ちつけている。

「やっぱり止みそうにない、か……くっそ、傘持ってきてねぇよ……」

 玄関の両開きのガラス戸を開くと、打ちつける雨の音が一層強く感じる。

 雨音の強さに比例するように再びむくむくと心配が持ち上がってきた。

(あの家出の女の子、どうしたかな……)

 鬼、追われてるなんてワードから勝手に家出少女に位置づけたが、考えてみれば、どことなく不自然な様子もあった。

 あの話し方も、まるで自分を嫌ってくれと言わんばかりに棘のある話し方だった。

 それでも、昼間ちょっと会っただけの少女に感情移入して、ここまで心配してしまうのは、桐原の性根の良さを窺わせる。

 それを本人に言おうものなら、彼はあたふたとどもりながら己を『絶対に偽善者だ、真人間なんかじゃない』と評価するのだが、意外と周りの人間の方が、桐原の人間性に正確な判断を下している。