え?
終わり?
これで終わり?【完】ってことは物語はここでお仕舞い。
彼女も彼らも幸せ。このお話はハッピーエンドで結末を迎えている。誰もが笑顔になる結末だ。
だけど、可笑しい。
彼等が幸せになるのは分かる。物語の主要人物がハッピーエンドになるのは当たり前。だけど――――――‥
なら。元カノは?
元カノは幸せなの?
彼等にも"闇"があるなら彼女にも"闇"があったのではないか――?
彼等がそれを理解していないだけなのか。それとも彼女が根っからの悪役だったのか。
愚問か。
考えても分かるわけわけがない。
所詮、物語。
主要人物がハッピーエンドならば脇役がバッドエンドになろうが関係ない。人の幸せは人の不幸の上で成り立っているんだから。
――――パタン
王道な内容が綴られた本を閉じると、傍に置いてある紅茶に手を伸ばした。嗅ぎ慣れたいい匂いが鼻を掠める。
『いつか。いつか。
あの日を心から笑える日が繰ればと。もう一度笑って逢えれば良いと願うよ。でもね?
でも、それは今じゃない。
いまは一人になりたい。人の力は借りずに自分の力だけで、地面にたちたいの』
ゆらゆらと揺れるカップから沸き立つ紅茶の湯気を見ながら、あのとき涙ながらに語ったあの子の決意が示された顔を浮かべる。
どんなときも涙なんて見せなかったあの子にとって、'彼ら'の存在はそんなにも偉大だったのか?
裏を返せば『人と関わりたくない』と言うことだ。
更に深く言えば『彼等とは関わりたくない』と言うことになる。
あの子の涙を奪ったあいつ等が憎くて憎くて堪らない。あの子が何をしたのかと問いたくなる。人間不振になるまであの子を追い詰めたあいつ等がのうのうと笑顔でいることが腹立たしい。
そして不意に。
ブ――‥ブ―――‥
ソファーに置いてある携帯が電話の合図を知らせる。椅子から立ち上がると携帯を手にすると着信を知らせる画面を見た―――――――――――画面に映る名前に私は自然に笑顔になっただろう。
《 響 子 》
通話ボタンを押し"響子"の顔を思い浮かべながら通話中と表示される携帯に向かって声を発する。機械越しからは明るい声が。きっと携帯の向こう側ではいつもの可愛らしい笑顔を振る舞いているんだろう。そして、心の隅で嘲笑う。バカな'アイツ等'に――――――――――――‥‥
あんな馬鹿げた小説の王道STORYみたいなお遊戯、アンタ達だけで勝手にやってなさいよ。二度と、あの子を巻き込むな。
結局は'アンタ達'なんて必要ないのよ。思い上がらないで欲しいわ。あの子の幸せにはアンタ達なんて要らないの。それが当然の理。
それでも本に出てきた彼女の如くバッドエンドに響子が導かれると謂うなら、壊してあげるわよ―――――――――――何もかも。
あの子のいない幸せなんて私には考えられないんだから。あの子が不幸になることも到底あり得ない。
私は胸糞悪い小説を片手で荒々しくゴミ箱に放り投げた。
朝から読むんじゃ無かったわね。こんな下らない駄作。ほんと気分が悪いわ。
内心悪態を付きながらもう一方の手で鞄を手に取り扉に手を掛けて足早にこの部屋を去っていった。
今日はまだ見ぬ、あの子に会うために。
「戒吏さまああ!」
「きゃああ!」
「こっち向いてえ!」
「おはようございまああす!」
「メアド教えて下さい!」
「私もっ!」
名門"神楽坂高校"
名高い神楽坂は生徒数も多いため朝の登校風景は決まって華やか―――――いや、騒がしい。
きゃあきゃあと女子達は手を取り合い興奮気味な様子。とある集団に視界にいれると黄色い声を上げるのが日常化して来ている。
その"とある集団"は芸能人でも何でもない。ただの頭の色がカラフルな不良軍団だ。
本当にただの不良集団だ。ただの一介の不良なのだが、芸能人顔負けの美形男子ばかり。
"牙龍"を名乗る彼らは知名度が高い。彼らを一目見るためにこの高校に入学したものも少なくない。
しかし。
彼らの隣を歩く女子生徒が目に止まると、女子はここぞとばかりに声をあげる。その声は歓声ではなく罵倒。あちらこちらから罵倒の声が朝の神楽坂に響き渡る。
「なによあの女!」
「引っ込めブスッ!」
「地味女が調子乗ってんじゃないわよ!」
「生意気!」
彼ら"牙龍"という暴走族には、
とある女の子がいた。
その女の子は今時おさげに眼鏡というお世辞にも可愛いとは言えないダサい子だった。良い意味でも悪い意味でも目立つ模範生。
派手な風貌の女子生徒から聞こえてくる批判に模範生は態とらしく溜め息をつく。それが更にギャル達の嫉妬の炎を燃やす。
模範生は毎日のことで慣れたのか特に動じた様子はない。その事から模範生が彼等といるのは日常的なものだとわかる。模範生は罵倒なんかで揺るがない強い精神を持っているようだ。
「あちゃ〜。アンタ等のせいでアタシ叩かれてまくり!どうしてくれんの!まさに嫌われまくり!皆から好かれる優等生を目指しているのに!お前等に慰謝料請求しちゃうぞ?キャハ!」
「キモ。可愛い子ぶんな。自分を鏡で見てから言え」
「なっ!うっさいボケ!お前なんて頭ヒヨコじゃんか!そうだよ。アタシは可愛い子じゃないよ?だから何ですか?ねえ?――――――――お前が鏡見て来いやああああああああああああ!!」
「っんだと!ブス猿ッ!調子乗ってんじゃねえぞ!」
模範生にラリアットを喰らわされた金髪の〈加賀谷遼太〉五人いる牙龍幹部のうちの一人だ。
模範生に手加減無しのチョップを繰り出している。一応は模範生も女の子なのに。しかし男にラリアットを喰らわせる模範生は世界中探しても、きっとコイツだけ。
「落ち着きなよ二人とも」
二人の仲裁にはいるのは〈七瀬庵〉同じく牙龍幹部。
スウェーデンと日本のハーフだ。プラチナアッシュの綺麗な髪が輝きを放っている。加え、物腰柔らかで王子様の代名詞ようだ。
「お前らできてんのかよ?夫婦漫才は他所でやれよ」
馬鹿にしたように二人のやり取りを笑うのは〈大野空〉
女顔負けの美少女フェイス。本人曰く有り難迷惑。女装させると性別は確かに女になる。しかし見た目は女でも中身はかなり男前な性格をしている。牙龍の中でも反射神経と運動神経はトップクラス。
「そうそう〜。イチャイチャするなら他でやれよな」
「お前等目腐ってんのか!?何で俺がこんなブス猿といちゃつくんだよ!?【ジャングルから引っ越してきました(笑)】みてえな猿女とイチャつく程女に困ってねえわ!それに猿女よりグラマーなお姉さんのが好みだっつーの!」
「ぬおおおおおおお!!!それはこっちのセリフじゃボケええええええええい!!!」
助走をつけ加賀谷遼太に飛び蹴りを喰らわせる模範生。もはや速さは陸上部のエース並み。模範生どころか只の野蛮人だ。猿と言うのは強ち間違っていない。
七瀬庵の仲裁も虚しく【火に油】とは正しくこのこと。だらだらと油を注ぐのは〈藍原蒼衣〉
深い深い深い、海のような髪色。胸元のYシャツを開(はだ)けさせて色気を漂わせている。
恰も今まで深海で眠っていた人魚が眠りから覚めた瞬間だと思わせるような男だ。
「可愛い新入生いっかな〜。新規下僕付くっちまおう〜っと。良く働いてくれる男がいいよな〜?可愛い女の子も捨て難いぜ」
「は?女なんていらねえし」
新入生=下僕という卑劣なことを言う藍原蒼衣の言葉に大野空は突った。なにも下僕発言だからではない。【女】だからだ。お分かりだろうか、空は大の女嫌いだ。
化粧まみれの顔。臭い香水。それが意外と硬派な空の癪に障る。特に教師の癖に色目を掛ける女教師は憎悪の対象だ。
大野空の女嫌いは―――――――――――――ここ数年で更に悪化した。
「空、落ち着いて。蒼も要らない事言わなくていいよ。下僕とか要らないから。いまの下僕も釈放して上げなよ」
「お堅いね〜?庵くんは。俺の楽しみとったらダメじゃね〜の」
「阿保か。んな楽しみいらねえし」
『阿保』だと言った大野空に藍原蒼衣はカチン、と来たのか食って掛かり始めた。横では未だ模範生と加賀谷遼太の仁義なき乱闘が繰り広げられている。
終わりそうにないこの展開に一番の苦労人である七瀬庵はため息をついた。各々個人主張が強すぎるのだ。七瀬庵の胃薬が持参している無くなるばかり。
そして疲れた顔色をしながら横に視線をずらした。
「どうしたの?」
「………うるせえ」
男は眉間に皺を寄せており、かなり不機嫌な様子。『煩い』は声を掛けてきた七瀬庵ではなく未だに騒ぐ女子達。そして他の四人に対してだろう。
七瀬庵は男に対して苦笑な面持ちで『眠いの?』と尋ねた。
「…ああ、少しな」
そう言い僅かに疲労感を滲ませるのは〈寿戒吏〉
まるで作られた造形物のような綺麗な顔をした男。漆黒の髪から覗く鋭い漆黒の瞳。全てが漆黒。
眠さで掠れた低い声は世の女達を虜にするには1秒もかからないだろう。
眠さを噛み締める戒吏の耳にざわめきが聞こえる。しかしそれは他の5人も例外ではなかった。
「………チッ」
朝の登校時のざわめきの理由なんて1つしか無い。理解するのに然程時間はかからなかった。しかし分かった途端に憎悪から舌打ちした大野空。
自分たちはここにいる―――――――――――なら理由は"あいつ"しかいない。
「お、おい。皆の衆!」
いつも自分たちの側にいる模範生が叫んだ。憎悪でイラつきを隠せない大野空は桃色をした髪の毛の隙間からチラッと横目で模範生を見た。
同じく四人も模範生を見る。
「アタシ朝御飯食べてない!」
「「「「「……」」」」」
このピリピリした険悪ムードの中いきなりのカミングアウト。
【だから、どうした】
そう誰もが呆れて言葉を失った。
「…あのよ〜。お嬢ちゃん?いま言う事じゃね〜の分かる?ん?わかんねえ?分かんねえなら、この【蒼衣君の一週間奴隷契約書】にサインしようか」
「蒼」
「冗談だって。―――チッ」
然り気無く模範生を奴隷としてコキ遣ってやろうとした藍原蒼衣。しかし七瀬庵に咎められて敢えなく断念。舌打ちから反省の色はこれっぽっちも見られない。彼は日夜奴隷捜しに励んでいるのだ。
そんな会話を端に模範生は叫ぶ。空気が読めるのか、読めるないのか――――――それは模範生なりの気遣いでもあった。
「おおおおおおお腹空いたから!はっ、早く行こ!?」
模範生は『早く行こう』と急かす。言い方は違えど『早くここから去ろう』と言いたいことに漸く彼等は気がついた。
「ケッ。テメエは食い意地が張りすぎなんだよ猿!今すぐジャングルに戻って食糧調達でもして来いや。おら、行くぞ」
「え。ジャングルに?」
「ブッ飛ばすぞ。どうやってジャングルに行くんだよ!?行き方も知らねえわ!食堂に決まってんだろうが!腹減ってんだろ!?ならさっさと行くぞ」
「え。お、おうよ!」
「俺オレンジジュース飲みてえ」
「あ。アタシは牛丼!」
「……朝からかよ」
自然と彼等の足は食堂に。
以外に悪態を付かれながらもすんなりと皆行動に移してくれたのが吃驚したかのような模範生。そんな模範生に其々思うことは似たり寄ったり。