“片桐さん”を冷めきった瞳で見ると戒吏さんは言いました。
淡々と絶望の淵へと堕としたのです。
「助けてやるよ」
――――この時ふと牙龍に入隊したときの言葉が甦った。
当時は訳がわからなかったです。
「―……恐怖からな。」
でも今ならその意味を理解できます。
僕は牙龍へ入る覚悟が甘かったのかもしれません。
「一遍、地獄に堕ちろ。」
―――――俺達が見た地獄と同じように。
そう言わんばかりの殺気が倉庫を埋め尽くしました。
息苦しくて、手足が今になって震え出します。
情けないくらいに歯が震えガチガチと鳴る。
カン太君の左手が小刻みに震動しているのが分かりました。
人の心に住まう狂気、それこそが本来の正気なのかもしれないです。
聖なる此の場は
――――汚れた場でもあるみたいです。
『止めとけ。お前らみたいな生易しい奴に此処は向いてねえ。』
『さっさと帰れ。』
『優しいわけねえだろ。』
ただの、
『――――腐った不良だ』
牙 龍 が 優 し い な ん て 、
誰 が 言 っ た ?
† 第2章 † Fin.
隠蔽されていた真相は
瞬く間に四街(シガイ)を
駆け巡った
<非公式kちゃんFC会員の男子高生の緊急会議>
A『聞いたかよ!?』
B『ああ!何でも響子ちゃん裏切ってなかったらしいぜ!』
C『やっぱりな!あんな愛らしい響子ちゃんが裏切るわけねえんだよ!』
D『なら我らが響子ちゃんは姫に戻ってしまうのか…?』
A『な、なにッ!?そんなの許さねえぞ!響子ちゃんは俺達の響子ちゃんだろ!?』
B『ああ!牙龍なんかに渡してたまるか!なあ!?』
C『当たり前だ!いまこそ俺達が一致団結するときだ!』
D『…でも牙龍を敵回すのか?』
A『…………………』
B『…………………』
C『…………………』
D『…………………』
とある格安ファミリーレストラン内での男子高生ABCDの会話。
<半額セールで格闘中!牙龍追っかけの汚ギャル集団>
M『片桐だっけ〜?半殺しにされたんでしょ?』
N『そうそう!きゃ〜!戒吏様の勇姿拝みたかった!――――あ。その豹柄のジャケットとってくんね?』
K『ほらよ。―――でも蒼衣君も本気だったみた〜い!蒼衣君の凛々しい姿見たかったぁ!』
M『げっ。つけま取れてる。』
N『でもさ!でもさ!野々宮のヤツどうなんの?結局は片桐のせいだったしぃ〜!』
K『は?姫戻んのかよ?でも今は橘居んじゃん?どうなんの?――――――お、これ超イカしてんだけど!』
M『知らねえよ!野々宮が姫とかマジで止めてほしいんだけど!戒吏様が取られる!』
N『つうかNが姫になりたいし!庵くんに優しくされたい!―――――ッてオイ!それはNが先に見つけたんだけど!?』
K『はあ?早い者勝ちだっつーの!』
とあるトレンドSHOP内での汚ギャルMNKの会話。
<怪しい二人>
―――聞いた聞いた!?
―――うん!牙龍の事だよね?
―――ビックリ!
?『ほらあ!アタシが言った通りだ!ピッタリ、バッチリ、どストレートで当たってる!予言者に成れそうじゃない!?水晶玉持ってインチキ占い師にでも転職しようかしら!』
?『……ふうん。』
?『反応薄ッ!もう少し反応しようよ!?空しいんだけど!だって本当に可愛いんだよ!?猫田も逢っててみる?』
猫田?『…知ってるよ響子なら。』
?『え?何か言った?』
猫田?『何でもなーい。あ!初回限定版出てるよ!ほら“スリム”に取られる前に買っときなよ。』
?『うへへ!限定ボイスが入ってんだよなぁ豪華版は!“スリム”は南街だからまだ来てないしラッキー!』
猫田?『限定ボイス?そんなの付いてるんだ…………あ!サッカーゲーム!』
?『猫田は昔サッカーやってたもんね!少年サッカーで唯一の女の子!』
猫田?『まあね〜。つぅかアンタはいいの?これから姫の座を奪われるかもしれないよ?アノ子に。』
?『はへ?姫さん?誰が?』
猫田『いや、だからアンタが…』
?『いやいやいやいや。待とうか。落ち着こうか。誰が姫だって?ただアタシは―――――』
とあるゲーム店内を漁る怪しい二人組の会話。
<南の危うい3人衆>
『うふふふふ!』
『キモ。』
『うざ。』
『反抗期!?君たちは反抗期なのかい!?それに私の味方の“夏”は何処にいったんだい!?』
『…さあ?わざわざデブの居場所なんて把握しないし。』
『東街のゲーム店に初回限定版のゲームをとりに行くって言ってたよォ?たまには遠出させなきゃいけないから放っておきなよォ。』
『…まあいい。なぜなら私はいま頗る機嫌がいいのだよ。彼らが面白いことをしでかしてくれたからね。』
『…季神の噂も広がってるのに暢気だねアンタ。』
『うふふ。どうだっていいさ季神なんて。そう言えば君は牙龍のニット帽君と馴れ合いを始めたみたいじゃないか。』
『…まあ』
『あァー僕わかっちゃったァ!利用するんだァー?そのニット帽君を!』
『それはどうかな。逆に利用されるんじゃないかい?』
『ウーん?どういうことか僕わかんない!』
『謂わばそのニット帽君を使って響子ちゃんと関わりのある君を牙龍の幹部は利用するんだ。響子ちゃんと接触するために。あくまで私の推測の範囲だけどね。』
『なるほどォ!で?どうすんの?ちーくん』
『――――そのときはそれを逆に利用してやるだけ。』
『うふふふふ。やはり君は面白い!』
『近寄るな、変態。』
『ゲフッ!痛!』
春秋冬の会話。夏は不在。
***
――――――今日は早退したいと何度も思った。
でも前からサボりがちで有りながら、わたしは怪我で数週間も学校を休んでしまった。
これ以上出席しないわけにはいかなかった。
昨日里桜から電話が来て話を聞いたときは学校に休むか、行くかの葛藤だった。お陰で寝不足。
怪我も完治して体調も万全だったので、休む理由もない私はわざわざ迎えに来た里桜に引きずられて何週間ぶりかの学校へ泣く泣く登校した。
学校へ着いた私を待っていたのは―――――あの噂の嵐。
そして登下校中の今もそれは変わらずに吹き荒れていた。
「ね、ねえ見てあれ!野々宮さんだよ!」
「ホントだ!久し振りの登校じゃん!」
「つか何で休んでたの?」
「牙龍は牙龍は!?」
「隣には風見さんしか居ない!」
視線 視線 視線 視線。
里桜から話を聞いたときから覚悟していたけどこれは流石に異常だと思った。
「あ、あの、風見さん!」
すると突然目の前に人が立ち塞った。
髪をワックスで遊ばせたチャラめの男子が声をかけてきた。
わたしに、ではなく里桜に、だ。
――――この光景見るのも今日で何十回目だろうか。
本当に早退するだったのは私ではなく里桜だったのかもしれない。今日1日を終えた今スゴく達成感が沸き上がってくる。
「あのさ、」
男子生徒は私をチラッと見ると、何かを里桜に訴える。
しかし男子生徒が聞きたい情報を無視して苛つきながら畳み掛けた。
「は?何?また?私に何度も同じこと言わせるつもり?知らないって言ってるでしょ?だいたい隣に響子が居るんだから本人に話し掛ければいいのに、どうして私に声を掛けるのかしら?私に聞こうとする事自体大間違いなのよ。私は“アイツ等”の事なんて一切知らないわ。分かった?その空っぽの脳ミソでも理解出来たならさっさと立ち去りなさい。」
立ち去れと言っておきながら里桜は私の手をとり、唖然とする男子生徒の横を通り過ぎる。
ポカーンとする男の子に少しだけ同情してしまう。
朝からかなり苛ついている里桜にこの話しを聞くのはタブーだ。