「身の程を知れってーの!アンタが牙龍の皆様といるなんて百万年早いのよ!」



色んな意味でモヤモヤする思いに悩んでいると隣から聞こえる叫びで我に返った。


忘れてた。確か友達は牙龍の追っかけだったはず。まあ。私は牙龍なんかよりも断然野々宮響子さん派だけどね。





「どうして橘さんが牙龍様といるの!?橘さんが野々宮さんの変わりだとしても天地の差じゃない!橘さんが居れるなら私でも傍に居れるじゃない!」

「彼女の変わりなんてあり得ないこと言わないで」




友達の些細な言葉に少しムカッと来てキツイ言い種になってしまった。ムカつく。凄くムカついた。だって彼女の‘変わり’なんているわけないじゃない。


橘さんはハッキリ言うと地味な上にお世辞にも可愛いとは言えないだろう。


あんな地味だから漫画のように眼鏡をとったら美人――――――――――なんてあるわけなかった。少し期待した私が馬鹿みたいだ。一度眼鏡を外した素顔を見た事があるけど平均より下の顔だった。何処にでもいるような子。







「橘さんどうやって牙龍様を誘惑したのよ〜!私だって藍原くんに抱いてもらいたい!羨ましすぎ!絶対枕交わしてるよね!?顔は対してだけど身体は良いとか!?」


「藍原くんって藍原蒼衣?」


「そう!まあ私なんて相手にして貰えないと思うけど」




ああああああああ―――‥‥‥と項垂れる友達。怒ったり悄気たり感情豊かだな〜。


確か藍原ってあの色気ムンムンの人だよね?あんな人が良いんだ。私は苦手。と言うよりも余り藍原って人は好きな方では無いかな。


だってあのヒト物凄く冷たい目をしてる。


私は恐いな、あの人。


でも藍原ってヒトは―――――――――野々宮響子さんを見るときだけは優しい目をしてた記憶がある。今は知らないけど。








「って……あれ?」

「どうしたの?」

「ううう」

「な、なに?」

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「ひっ」




私は漸くある事に気が付いて発狂した。それも滅茶苦茶大きな声で。周りにちらほらいる生徒が見てくるが全く気にならない。


友達が怯えた目を私に向けてくる。それさえこれっぽっちも気にならない。だってそれよりも!









「…あああああああああ」

「ほ、ほんとにどうしたの?」



友達が『この子大丈夫?』的な視線を向けてくる。大丈夫じゃない。大丈夫じゃないから。




「―‥―た―…に」

「え、なに?」


「―…朝から会えたのに」




私はボソッと呟いて力なく項垂れた。最悪。ほんと最悪だよ。会えることなんて珍しく遠巻きで見るだけで幸せだったのに。牙龍の話ばっかしてるから。









「ああ。野々宮さんもう行っちゃったみたいだね」


「……ああああああああああああああああああああああ」






最悪。



確か今日の星座占いは最下位だったな。






「ま、まあ朝から拝めただけでもいいじゃん!」

「………」

「……何その目」

「べっつにぃ〜」




もとはと言えばアンタが牙龍牙龍言わなければ私は野々宮響子さんを拝み続けることが出来たし――――――そんな視線を向けた。




長々と軽蔑する眼差しで見つめる私の視線に耐えきれなくなったのか、友達が自棄になり叫んだ。




「あー!もうっ!わかった!わかったから!メロンパンでいい?」


「さあ早く購買に行こうか」


「現金だなオイ」




今度は友達が私を軽蔑の眼差しで見つめてくる。そうだよ?私は現金だよ。目先の利益によって態度がコロコロ変わる最低な女。だけど言わせたもん勝ちだから。



ふふん。

メロンパ〜ン

あ。遠い彼方からメロンパンが私を呼んでる!

待っててね!もうすぐ行くから!愛しのメロンパンよ!




ふふふ〜ん。やっぱり今日はついてる日かも。朝から野々宮響子さんにも会えたし。メロンパンも食べれるし。メロンパンは私の好きな食べ物ランキングでブッチ切りの1位だからね。






―――――メロンパン、野々宮響子さんも好きかな?











いつか私の名前だけでも知ってもらえる日が来たらいいな。いつ叶うかさえ分からない夢だけど。


死ぬ気でこの学校に入ったんだから一度きりでもいい、彼女と話せる機会がくればいいな。


私はそう固く心に秘めながら、メロンパンの為に友達の方に駆け寄るのだった―――――‥‥













「お茶お茶〜」




登校時に牛丼食べようとしたのに結局チャイムがなって食べられなかった。なんてショッキングな話だ。丼で世界を救えるのに。


だがしかし!さっき牛丼を3杯完食したからプラスマイナスゼロ!うまかったー!みんなにドン引きされてたけど牛丼の美味しさには叶わない。満腹満腹!ゲフッ。


朝は食堂じゃなく購買だったからな〜……。おまけに知らない女の子に最後のひとつだったメロンパン取られたし。あまりの迫力にビビった。覇気が出てたし。


あの女の子との激闘に負けたせいで蒸しパンとチョコパンとチーズパンとレーズンパンしか朝は食べられなかった………!


空たんには多いって言われたけど。多いか?女々しいこと考えるから背が伸びないんだぞ。空たん。絶対牛乳の効果出てないよ。


そんな事を考えながら優雅に廊下を歩くのは橘寿々(17)正しく歩く姿は百合の花。才色兼備な美少女―――――――すみません。出しゃばりました。すみません。干した女です。スルメになれます







――………い、いきなり悪寒が走った。







「蒼っちだな、こんにゃろー。」







つか蒼っちしか居ねえよ。絶対に真っ黒の本にアタシの名前書いて呪文唱えてるんだよ。きっとその真っ黒の本には【呪・呪・呪】とか書かれてるんだ。血で。





「――――――怖っ」





想像してたら怖くなって身震い。ひいぃぃぃ。弱い女の子を怖がらすなんて最低だ!何て奴なんだ!だから破廉恥なんだ!きっと食堂からアタシを呪ってやがる!それに乗る遼ちんが容易く浮かび上がるのが何とも皮肉!


ついさっきまで一緒に居たのに酷すぎるじゃないか貴様等!因みに数分前までアタシは食堂に居た。


いまから委員会があるから、ひとり食堂から出てきたってわけだ!けけけ。逃げたもん勝ち。遼ちんのラーメンに砂糖を塗(まぶ)しといてやった。辛党の遼ちんには地獄だ。くけけけけ!


委員会は美化委員に入ってんだよね〜。美化委員はギャルゲーの桃子ちゃんが入ってたから入ったんだよ。可憐で優美な儚い美少女な桃子ちゃん!可愛いすぎだああああああああ!むふふふふふふ。





「あ、やっべ」





桃子ちゃんを思い浮かべ出たヨダレ。危ない。危ない。はやくマイハウスに帰って桃子ちゃんに会いたい。桃子ちゃんがアタシを呼んでいる気がする。次の授業中に桃子ちゃんをコンプリートしようっと。こういう時の為にPSPは常備している。さすがはワタクシ。




あ―――……とりあえず先ずは自販機だよね。喉乾いた。桃子ちゃんみたいに可愛く苺ミルクでも飲みたいけど生憎甘いものは好きじゃない。さらば苺ミルク。ここは無難に緑茶フィーバー!



アタシはヨダレを拭き取りへスキップしながら自販機へと足を進めた。身軽身軽。何たって体重は林檎より軽い(嘘)




―――あ。ねえ、見てあれ。

―――げっ!橘じゃん!最悪ッ

―――なんか1人で笑ってんだけど。気持ち悪っ。

―――気味悪いし。







なんかギャル達がアタシを指差してる。何かを話しているようだ。しかし―――‥あれだな、うん。目が真っ黒だ。動物園にいるパンダ並みに。でもパンダの白い部分も黒いし。パンダ様への侮辱だ!パンダ様はたかが一匹子供が産まれるだけでニュースになると言う高貴な動物なんだぞ!



だいたいそんな化粧しちゃ元の可愛さの面影もない。あと、香水。ありゃあ駄目だな。女の子の匂いはシャンプーか石鹸の香りと決まってるんだから。そう、まさしく桃子ちゃんのような‥‥ッ!







「桃子ちゃんの可愛さはミルフィーユだからね。ぐふふふッ。」









―――ちょっ!まじヤバイって。アイツ。

―――もう行こっ。怖いんだけど!不気味すぎる!

―――つか髪長いし貞子みたいなんだけど。

―――スカートとか膝下じゃん。いつの時代の女?ウケる。

―――ダサすぎ。あれで戒吏様達といるとか許せない。

―――分かる分かる!

―――‥‥〜!?〜。

――‥!






おやおや?さっきまで溜まっていたギャルがどこか行ったみたい。あんなスカート短すぎたら足冷えるだろ。このアタシを見習え!







「学生は勉強をモットーに!校則は守るための校則なんだからね!」






―――‥なんちゃって



最近見始めた学園系青春ドラマのインテリ美香ちゃんのマネをしてみたかったんだ!いやー。照れるなぁ。この台詞。不良男子に言う台詞なんだよ。美香ちゃんは学級委員長だからね。



―――――ん?なんか色んな生徒に見られている気がするような。は!?まさか美香りんマジックか!美香ちゃんの眼鏡をあげる仕草のマネが効いたのかもしれない!みんながアタシにメロメロになる前にここから去らなくては!いざ自販機へ!!



タッタッタ―――…











【模範生(?)橘寿々が去った廊下では】



『び、ビビったぁ。いまのって、橘だよな?』

『あ、ああ。いきなり叫ぶから息止まりそうだったわ』

『つかジュース零れたし』

『勉強をモットーとか言いながら密かにゲームしてんだろ』

『最近では弁当食ってたし』

『優等生だけど優等生じゃないよな』

『まず、牙龍と関わってる時点で優等生なのか問題だろ』

『どうでもいいけど叫ぶ癖直して欲しいんだけど。心臓に悪い』

『確かに』



生徒の皆さん。ただ叫んだ橘寿々に驚いているだけのようでした。惚れる要素は皆無です(完)





飲み物を求め一億年と二千年前から渡り廊下を歩いているワタシ。そして漸く辿り着いた自動販売機に一安心。





「お!あったあっ―――――――――――たあああああああああああああああああああああああああああああああああああ?!?!?」





いまアタシの横を通った生徒が叫び声に驚いて倒れたがするが、気にしない。いや、気にする余裕がなかった。なんたってアタシの方が驚いてるからね。もう目から鱗。掛けてる眼鏡が割れそう。







だ、だだだ、だってさっ?



じ、自販機の前に…








「も、桃子ちゃん」



マイエンジェル桃子ちゃんが目の前にいるんだもーんっ!



あの柔らかい唇!あの雪のように白い肌!あのパッチリした目!指を唇にあて悩む仕草!まさにマイエンジェル!麗しの桃子ちゃんじゃないかああああああ!巻かれた髪が何ともキューティー!背が低いいいいいいい!同じ人間とは思えないいいいいいい!







――――ん?




ちょっと待てよ。




な や ん で る ?




イコール




こ ま っ て い る

















のおおぉぉおおあああああ!!!キタ―――――(゜∀ゝ゜)――!神・降・臨!神様仏様マリア様桃子ちゃぁん!これは桃子ちゃんとお近づきになれる神が下さった究極のチャーンス!!



ハッ。こうしちゃ居れん!時間は一刻と迫っているんだから!早く悩めるマイエンジェルの救出と言う名のお近づき大作戦を決行するために向かわねば!くけけけけ。






「あ、あの」




オロオロと自販機の前に立っている超絶美少女に声をかける。ゆっくりとアタシの方を振り向いた、マイエンジェルは百合の花ようだった。


フワフワとした雰囲気。振り向く際に良い香りが鼻を掠めた。ヤバい。本気で鼻血出そう。失神寸前の橘寿々。と、とりあえず話し掛けてみましょうか。





「ど、どうしたの?」





ぬおおおおおおおおおお!


しおらしくなりすぎたっ!いや、初対面だからこれぐらいがベストなのかもしれない!ふふん。伊達にギャルゲーを制覇してきてないぜ!


だけどアタシを見ると少し吃驚したかのような表情だった―――――――――気のせいかな?






「ほ、ほら。ずっと自販機の前にいたでしょ?」

「え、あ。うん」





怪しまれないように弁解する。いかにも悩める美少女に声をかけた健気な女子生徒を気取ってみた。決して騙している訳ではない。



知らない親父に声を掛けられたら誰だって警戒するでしょ?あんな感じ。警戒を和らげるために優しい優等生な少女を気取る。これも桃子ちゃんに近づくためなの!



それにしても―――…





「お金、忘れちゃって…………」





声すげえ可愛いいいいい!ぎゃああああああ萌えええ!こりゃあ、いきつけのメイド喫茶のナンバーワンメイドのマナちゃんよりキュートだ!目を伏せて悩むところも愛くるしいィィィィ!!



よっしゃあ!






「もっ、桃子ちゃん!アタシが買ってあげるよ!」

「え。も、桃子?わたしは響――――――」

「何飲むの!?桃子ちゃん!」



何かを言い掛けた桃子ちゃんだったが興奮気味のアタシは最早誰にも止められない。鼻から息が吹き荒れる。そのまま血も吹き出しそう。それは困る。ドン引きだ。



美少女桃子ちゃんの飲むもの!お汁粉とか青汁とかもギャップで可愛いけど!でも、ここはやっぱり―――――……







「じゃ、じゃあイチゴミルクで」








この子は期待を裏切らなああああああああああ!(感涙)


桃子ちゃんはイチゴミルクを飲むと思ったよ!王道な女の子路線に行くと信じてた!ピンクと苺がよく似合う女の子だよ!(激感涙)



興奮が押さえきれない。プルプルと手を震えさせながら小銭を自販機にいれ、ボタンを押した。



――――ガコン



アタシは出てきたパックのイチゴミルクを手に取ると桃子ちゃんに差し出す。


イチゴミルクを見た桃子ちゃんは戸惑いながらも両手で受け取ってくれた。そしてイチゴミルクを胸元でキュッと握り締めると、





「ありがとう」






―――――鼻血がでそうな可愛らしい笑顔で微笑んだ。




は、華が見えているのはアタクシの幻覚かしら〜?きっと【天使の微笑】とはこの事。


お礼を言うのは完璧アタシの方だよね?まさか桃子ちゃんが神楽坂にいるとは思わなかったあああ!神楽坂がキャッホ―――イ!ここに入学して良かったあああああ!





―――――――ここですんなり帰ったほうが格好いいよね?

くうぅぅ!名残惜しいが、引き際も肝心だ。アタシのゲームで鍛え上げられた経験値がそう語る。





「(絶対)次に会ったときはゆっくり話そうね。(ほんの少しの間だけ)ばいばい!」





アタシは華麗にUターンし片手を上げ去っていった。揺れる黒髪が何と美しい。美化100%でキラキラと背景が光っている。


フッ。決まった……!


名残惜しいが振り返るな!振り返えれば台無しだぞ!次に‘偶然’会ったときに話かけるんだから!『運命だね』って!これぞ正に私と桃子ちゃんの青春LOVEストーリーの序章!!


べっ、別に死ぬ気でクラス探して無理やり‘偶然’を作ろうとか考えてないからね!








私は彼女を‘桃子ちゃん’だと本気で思った。可愛らしさも愛らしさもそっくりだったから。私の頭は素晴らしい事にゲームと現実をLINKさせていた。


だから私は気づかなかったし、これっぽっちも思いもしなかった。


桃子ちゃんが聞かされていたアノ‘例の女の子’だったなんて。