ついさっき久しぶりに会ったとは思えないぐらいに、私もカン太も時間を忘れるくらいに楽しんだ。
気づけば確か―――――――――1時ぐらいだっけ?そうそう。今から帰るのも…………ってなってカン太をお風呂に入らしたんだ。
上がったカン太は何時もの癖毛のワカメみたいな黒髪が湿っていて『海藻だね』って笑ったらカン太が拗ねた。
『ワカメじゃないでヤンス〜。酷いっす』
『大丈夫だよ?ワカメなんて気にならないって。カン太のチャームポイントはニット帽だからね。ニット帽ならワカメ隠れるよ』
『………フォローになってないであリンス』
フォローしたつもりだったんけど気に食わなかったみたいで口を尖らす。
カン太のチャームポイントはその年がら年中被っているニット帽だと思ったから誉めたつもりだったのにね。
それからは機嫌をとるのが大変だった。機嫌が直ったのは、確か――――――千秋だ。カン太が千秋の話をし出したんだ。
『一年に凄い男前がいるでヤンス!』
『へえ』
『反応薄っ!?もうちょい興味示してくださいっす!』
『無理。興味ないもん』
『で、でも凄いクールで男前な人なんす、風見千秋くんは!』
『――――千秋?』
私が千秋と知り合いと知ってからのカン太の反応は凄かった。千秋のことを根掘り葉掘り聞かれ、質問責めにあった。
『オイラと風見千秋くんの仲を取り持って欲しいでヤンス!』
恋する乙女か。
私に必死に頼むカン太を見て思った。
長々と続くカン太の話を私が止めたのは朝の5時くらい。
今日も学校あるから、とカン太に帰るように託した。実際は口に出すまで後数時間で学校ということを忘れていた。
こうしてカン太は興奮覚めあらぬ感じで帰っていった――――――――…
カン太が帰った後にすぐ睡魔が襲ってきて少しだけ寝ようと布団に潜ったのはいいけど…
そのまま寝過ごしたんだよね
――――って、ちょっと待って?
今の何処にスクール鞄の下りがあったのっ?
ああ、もう!鞄はいいやっ、
自棄を起こし携帯と財布だけを持ち家を出ようと玄関に向かったら――――――下駄箱の上に鞄があった。
「あ、鞄、」
なんで下駄箱?
確か………――
あ。そうだった。
昨日はマンションに着いて扉の鍵を開けるときに、カン太が里桜と遊んだときに使用したプライベート用のバックを持ってくれたんだ。そのままバックを持ってくれていたカン太が…
『きょん姉さん、バックどうするであリンスか?』
『そこら辺に置いといて〜』
『じゃあ下駄箱の上に置いとくでヤンス。あ、スクール鞄下に床に置いてあリンス。一緒に置いておくっす』
『ん〜』
前日、学校から帰ったときに廊下に置いたままだったスクール鞄が目に入ったカン太。気を利かして一緒に下駄箱に置いてくれたんだった。
スーパー袋にアイスもあったため直ぐに部屋にはいって冷蔵庫に向かった私。
買ったものをスーパーの袋から取り出して冷蔵庫に詰めながら、そんな会話をした記憶が甦ってきた。
何はともあれ、
現在の時間
『8:45』
やっぱり
今日の私は
朝から、ついてない
家から小走りで急ぎながらも学校に着く頃には『9:5』と遅刻。9時に授業が始まるから遅刻決定。
なら何で全速力で走らなかったの?と聞かれれば私は『朝から走りたくない』と矛盾した答えを出すだろう。
「あ〜、ついてない」
私は上履きに履き替え無人の廊下をペタペタと歩く。当たり前だけど今は授業中だ。
こうして歩いている私の方が可笑しい。
比較的に不良が多い神楽坂だけど授業には出席しておけば単位は落とさないためサボる人は少ない。しかし10人に1人の割合でサボっている。
私はスクール鞄から携帯を取り出した。電話帳から里桜の名前を探しメールを作成する。
さっき電話が来ていたから心配してかけてくれたんだと思うから。
【寝坊しちゃった〜(;_;)1限はサボるね】
【送信をしました】画面に出た文字を確認すると私は携帯を閉じて鞄に携帯を仕舞う。
そして天気のいい空を窓から眺めるてる――――――――――――あ、サボる場所決ーめた。
鼻歌混じりで私は階段を上り空が眺められる屋上へと足を進めた。
屋上を続くドアをあければ、晴れ晴れと青々しい蒼天が広がる。
空を見上げれば包み込むような大空。飲み込まれてしまいそう。
この屋上に来るのは久しぶり。意図的に来るのを避けていた。屋上は"始まり"の場所でもあったから。
――――私が初めて屋上に来たのは入学してから数ヶ月後の事だった。
屋上に続く扉には誰も近づこうとはしなかった。
いつも、下から屋上を見上げていたんだ・・・
何故かな?何でなんだろう?屋上に惹かれるのは
一度でいいから入ってみたい
些細な好奇心と小さな冒険心が私の心で暴れる。私はその心を揺さぶられる気持ちに負け、
いつの日にか、鍵を壊し扉を開けたんだ
しかし少し足を踏み入れると『好奇心に負けてなにやってるんだろ』無駄な嫌悪感に駆られた。
その日は 何もせずまま…
扉を閉めて後にした
放課後の下校時、少し立ち止まり、屋上を見てみた。
何も変鉄もないただの屋上。
それに少し安堵した私は止めた足をもう一度進め始めた。
しかし私は知らなかった
何故ドアの鍵が閉まっていたのかを。
てっきり無人だと思ったから鍵を壊し少しだけ足を踏み入れて
こっそり帰ったのに。
まさか、
私が入る前から屋上には"彼ら"がいたなんて―――…
『おい。お前』
『わ、私ですか?』
『昨日鍵壊しただろ』
『……え』
『あそこは立ち入り禁止なんだぜ?なのにお前は足を踏み入れた』
『……な、何で知って』
『バラされたくなかったら着いてこいよ』
不敵な笑みを浮かべ私を脅すのはあり得ないくらいに顔が整っている美形な男。
私は一瞬男に見惚れてたが、次の瞬間には何でバレてるのか焦り困惑気味。
―――そう。
これが寿戒吏との出逢い、
そして牙龍の彼らと出逢う数分前の出来事だった。
いま思えばあの鍵を壊したって何の支障もなかったはず。
立ち入り禁止とは学校側が決めた"規則"だと思ってた。
でも本当は彼等が屋上を頻繁に利用するために決められた"無言の規則"だった。
『屋上?何かようでもあるの?』
『ないけど…屋上入ってみたくない?』
『全く。屋上なんて近づこうとも思わないわよ……アンタまさか』
『はっ、入らないよ』
『あらそう。なら良いわ。変な気おこして入ろうなんて考えんじゃないわよ?』
屋上の鍵を壊す前日の会話。
私は里桜の忠告を破り、入ってしまった。
私には里桜の言葉に含まれる深い意味を理解していなかった。牙龍の敷居を跨ぐことは、それ相応の覚悟がいるからだ。
しかし馬鹿な私は牙龍の敷居を跨いだことにすら気づいていない。
ただ学校の物を壊した罪悪感と、バラされたらどうしようという焦り。
―――――なぜこんな条件を出されたのか意味が分からなかった。
これを弱味に私をパシりにだってコキ使うことだって出来たはず。なのに――――……………
『バラされたくなかったら牙龍の姫になれ』
『………は?』
『答えは"イエス"か"はい"だけだ』
彼らが私に姫になれという条件を叩きつけた。
こうして訳もわからず、私は姫になった。そのときはそれしか選択肢がなかったから飽く迄義務的な強制。
でも彼等と過ごした時間は私にとってかけがえのないものとなっていった。知らぬ間に彼等は私の日常の一部と化していたんだ。
―――――………と云うのも大分前の話。
こんな事なら1日1日を大切に貴重に過ごせば良かったかもね〜……
おふざけな毎日も楽しかったけど……
「…懐かしいな」
屋上も。屋上から見える風景も。屋上での出来事も。全部、全部、懐かしい。
前はこの屋上に頻繁に来ていた。
当たり前だけど彼らの溜まり場の一部と化している。今となってはこの屋上に来ることは普段ならあり得ない。
でも、この広がる大空を眺めたかった。
私は大の字になって地面に横になり伸び伸びと手を空に伸ばす。青い空には鳥が自由に飛び回っている。私も空を自由に飛びたいな…
ボーッと空を、ただ無意味に眺めている私。
だから気がつかない
足音に。
此処は彼らがよく来る場所。それを私は理解していたはず。なのに授業中、そして朝だから会う確率は極めて低いと油断していたのかもしれない。