いくらお金持ちでも、吸血鬼なんて、私にとってみればただの親の仇だ。憎い相手。大好きな母さまと父さまを、殺した……。

けれど、お仕えするお嬢様が言うことだ。メイドは主に従わなければならない。

嫌な気分のまま、わたしはそれを隠して、クラリス嬢と共にアルハイド伯爵のいるホールへと入った。

伯爵はすでに、ホールで待っていた。




「ご、ご機嫌よう、アルハイド伯爵。お待たせしてしまって申し訳ありませんわ」

緊張しているのだろうか、上気した頬で早口に言い、頭を下げる。

「かまわない。私も今来たところだ」

偉そうな言葉。けれど口調は柔らかだ。
それが少し以外で、ちらりと視線を上げると、目が合ってしまった。澄み切った水色の瞳。その凍った湖のような色の瞳は、吸血鬼特有のものだ。

「あ、す、すみません!」

慌てて謝る。一介のメイドが、伯爵をじろじろと見るなんて、無礼にもほどがある。

「ノア、失礼な真似しないで!」

クラリス嬢の鋭い声が飛んでくる。
当の伯爵はというと、「いや、いい」と優しげな言葉をかけてきた。

「顔を上げろ」

仕方なく、顔をあげる。すると、アルハイド伯爵は、今度は逆にじろじろと私を上から下まで観察した。
そして、低い声で尋ねる。

「名は?」

「……ノア=ルシアと申します」

緊張にかすれた声で言うと、そうか、とのお返事。貴族の、それも吸血鬼の考えていることはわからない。


そのあとも、一生懸命自分を売り込もうとするクラリス嬢と会話の間、アルハイド伯爵はずっとわたしを見ていた。それに気づいたのであろう、二十分もたたないうちに、クラリス嬢に、

「ノア、お前はもういいわ。下がってなさい」

そう言われ、うなずいた私はホールを後にし、仕事に取り掛かった。


わたしが首になったのは、その3日後のことだった。



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