クラリス嬢は、しばらくその場を動かなかった。けれど、決して離れないわたし達を睨みつけると、鋭い声で、
「……覚えてなさい」
そう低く言い残し、走って去っていく音が聞こえた。


 
 

「……ノアさん」
やがて、誰もいなくなった廊下の隅で、グレイはわたしに囁いた。

「もう、あの方は行きましたよ」

ようやくを涙の止まった顔を、ゆっくりと上げる。力は弱まったけど、グレイの腕は相変わらず、わたしを抱いたままだった。

そして、わたしを見て、もう一度小さく微笑みを浮かべる。
そして、かすれた甘い声でわたしに尋ねた。

「あれは、本当ですか?」
「……え?」
「私がいないと、嫌だというのは」

わたしはこくりと素直に頷いた。

そして、真っ赤になった顔を隠すように下を向き、小さく小さく呟いた。

「だってわたし、あなたが……好きなの」


すると、しばらくの沈黙のあと、
「……嬉しいです」

ゆっくりと顔を上げる。
グレイの綺麗な瞳と、視線が絡まる。
やがてわたし達は、お互い吸い寄せられるように、ゆっくりと唇を合わせた。

柔らかな感触に胸が震える。親愛や家族へ以外の、生まれて初めての“恋した人”へのキスだった。

それは、まるで蜜のように、いやそれ以上に甘く、そして、毒のようにわたしの体の隅々まで行き渡って、痺れさせた。