その名を、最後に聞いたのはいつだったか。
それは、わたしがまだあのお屋敷で、メイドとして仕えていた時のこと。
*
「あなたがノア?」
「そうです、クラリス様」
屋敷の廊下で呼び止められたわたしは、うなずいて丁寧にお辞儀をした。
わたしを呼び止めたのは、わたしが働かせていただいているこのお屋敷の主の一人娘である、クラリス=リディ嬢だ。
輝くような金髪に、折れそうに華奢な体。色白の肌はとてもきれいで、淡い紫の瞳は、硝子のように透き通っている。女のわたしでも見とれてしまうような、儚げな印象の美少女だ。
「私の衣装室から、真珠の刺繍のあるドレスがあったでしょう。それと、サファイアの髪飾りも。あれを取って来てくれない?」
「はい、わかりました」
真珠の刺繍のドレスは、クラリス嬢が数多く持っているドレスの中で、一番上等なものだ。サファイアの髪飾りだって、わたしのような使用人は、買うことどころか一生見ることもできないほどの豪華なもの。
それを慎重にもってクラリス嬢の部屋へ入ったわたしは、言われるままにクラリス嬢に着せ、飾り立てた。
「ねえ、ノア」
「はい、クラリス様」
さらさらの金髪をカールさせながら、クラリス嬢が言う。
「今日は、アルハイド伯爵が来るの。ノア、知っている?」
「いえ、存じません」
「まああなたには、縁のない話でしょうからね。いい?アルハイド伯爵は、ゴーストタウン一の貴族なのよ」
そこまで聞いて、わたしは察した。
サンセットでは、人間たちが生活している。けれど、そのサンセットを一歩踏み出せば、周りは森や墓地に囲まれた、『ゴーストタウン』と呼ばれる場所で、そこでは『人ならざる者たち』が堂々と歩きまわっているのだ。