「……ッ、や、やめてください…!」
ほとんど悲鳴をあげると、ようやく少し力が緩まる。けれど、その手は腕をつかんだまま。いつでもへし折れるとばかりに、しっかりと固定している。
――逃げることは、不可能だ。
「……わたしは、ただのメイドです。もっと『美味しい』貴族の方はいくらでも、いるでしょう?」
けれど、その言葉は残酷に切り捨てられる。
「そんなのはどうでもいい。私は今、お前が喰べたいんだ。要らなくなったらいつでも捨ててやる」
……やっぱり、最低だ。
けれど、黙ったままのわたしを肯定と受け取ったのか、抵抗しないとわかったのか、あっさりと手を放し、床に突き飛ばした。
「っ!」
「私は優しいからな。お前が落ち着くまで待ってやろう。だが、逃げられるとは思うな――絶対に」
「……」
床に蹲ったまま、悔しさに歯を食いしばる。
どう考えても力では敵わない。けれど、悔しい。
どうして、大嫌いな吸血鬼の、言いなりにならないといけないんだろう。
伯爵が扉の向こうへ消えていく直前に、傍にいた少年に言った。
「グレイ。お前が世話をしろ」
「――はい」