亜紀も握り返した。そして、見つめ合う。
ただ世の中と言うのは、恋人たちの邪魔をするのが好きなのか、それとも辱めるのが好きなのか、こういった場合に必ず何かがある。今もそうだった。
「失礼いたします。お料理をお持ちしたのですが、どこに置けばいいやら・・・。いかがいたしましょうか?」
穏やかな口調で言われると、言葉が体の芯まで届いてくる。それは、つまり恥ずかしさが全身に血液と同じように行き渡り、結果二人は顔を赤く染め、慌てて手をテーブルの下に下ろした。
「す、すみません」
「いえ、ありがとうございます」
店員はテーブルに料理を置くと、軽く会釈をして戻っていった。
「絶対あれだよな、タイミング見計らって来てるよな?」
哲は身を乗り出し、亜紀に耳打ちした。
「まさか、だって料理作るのから運ぶのまで一人でやってるみたいだよ。他に何人かお客さんもいるし、たまたまでしょ」
「そうかな。俺は絶対に見てたと思うんだけど」
「しつこい。それよりさ、この前菜おいしそうだよ。早く食べよ」
「う、うん」
納得はいってない風だが、哲も食事をはじめた。すると、すぐにすべてを忘れられた。見た目からは普通の料理だと思っていた。当然、味もそうだろうと思ってもしかたない。ところが、どうだ。味の深さに旋律を感じずにはいられない。食材一つ、一つが主張するわけでもなく、かと言って遠慮するわけでもなく、ありふれた言葉で言えばちょうどいい、しかし、料理の世界において、ちょうどいいを表現するのがいかに難しい事か、料理に詳しくない哲や亜紀でも理解できるほど、この料理は素晴らしかった。