駿は何も言わなかった。ただ、目の筋肉を少し緩め、焦点をぼかし、色彩を溶かしていた。
席に着くと、何も言わずにメニューを見た。アイスコーヒーが一番安いが、それでも千円する。何も言わないのは、それが理由だった。なぜ、あの香りに誘われてきてしまったのか、後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
「駿、決まった?」
屈託なく聞いてきた。いい気なものだと、駿は腹を立て始めていた。
「あ、いや」
「そう、決まったら教えてね」
「わかった」
ぶっきらぼうな言い方ではあったが、花に見とれていたせいなのか、美玲は特に気にもせず、また花に視線をやっていた。
“どうする?”
自問自答が始まる。ここで敢えて食事をしない選択もある。ここを出て、吉野家でも松屋でも入れば、例え十杯食べたとしても釣りが来るのは確実だ。でも、美玲は決まったと言っている。つまりはここで食事をしなければ、午後の式場の訪問が終わるまで食事の時間はないだろう。
かと言って、ここで食事をしたならば・・・今月の食費の大部分を失う事になる。
膨大な量の計算を行った後、一つの不満が頭を過ぎった。
“少しくらい働けよ”
美玲は駿と付き合い始めてからしばらくすると、仕事を辞めてしまっていた。それからはほとんど駿が支払いを行っている。結婚式の費用だってそうだ。駿の両親はいくらか援助すると言っていたが、美玲の両親はそんな発言をするどころか、食事は何がいいとか、こんな趣向を凝らそうとか言うばかりで、そう、費用が掛かる事ばかりで、何ら援助の話など出てこない。
寄生されている気がした。
そして思うのだ。
“本当に結婚してもいいのか?”