店員はおじきをして、哲の背中を見た。その時、理由はわからないが、わずかに口を開き、笑っているかのように見えた。理由はわからないが。
「これで、よし!」
独り言を言いながら席に戻る。少し時間が掛かったが許容範囲だろう。そう勝手に決めた。
あと少し、絵の掛かっている壁の向こうに、亜紀の背中がある。とくにそれを意識するでもなく、淡々と歩く。
壁を通り過ぎるまでは、何もおかしいところなどなかった。
「ん?」
目をこすった。世界から色彩と言う華やかさが失われたかと感じられたからだ。世界のほとんどがモノクロに感じられる。あれほど店内を彩っていた花々はどこにいってしまったのかと、不安になってしまうくらいに、世界は影に満ちている。
怖くなり、亜紀の方を見た。大丈夫だ。彩り鮮やかな亜紀の服が、背もたれから漏れる感じに見える。今、おかしな景色が見えたのは気のせいなのだろう。そもそもあれだけいた客が一人もいなくなるなんて、冷静に考えれば有り得ない。疲れていたのだ。
亜紀に一歩近づく。
なんだ。理由はわからないが、違和感を感じた。さっきの延長なのだろうか。いや、そんなはずはない。亜紀の服の色は、はっきりと鮮やかに見えている。なら、この違和感はなんなのだ。