博信は…
慌てた余りに、会社に忘れ物をしたと言って…
部屋を出て行った。
去り際に…
「…博信!」
私は一度呼び止めた。
「…ありがとう。」
博信はちょっと間抜けた顔で私を見たのち…
いつもの整った顔つきに戻って、
私に…キスをした。
昨夜…
私が誰かに盗られるのではないかと、大いに焦ったのだと…
だから、慌てて会社を出たのだと…
彼は言って、そして笑った。
残された私は…
まさに、骨抜き状態だった。
玄関のドアに寄り掛かって。
それから……
へなへなと座り込む。
途端に……
名残惜しい気がしてやまなくなった。
私は急いで玄関の外に出ると……
彼の姿を探した。
辛うじて見てとれた博信の背中……。
「……バイバイ!…またね!」
博信は振り返って手を振る。
まさに……
幸せの、絶頂だった。
彼を見送り…
私は、くるりと踵を返す。
「………。」
同時に……
隣りの部屋が、目に入った。
「…晴海くん………。」
クリスマスの約束……。
私は…
いとも簡単に破ってしまっていたのだ。
彼の部屋の前まで…、
足を進める。
部屋を目の前に…
足がすくんだ。
言いようのない罪悪感…。
彼の部屋からはもの音ひとつ聞こえることはなく…、
寝ているのか、それとも仕事へ行ったのか…
知る術はなかった。
私はただの隣人で、
ひょんなことから友達になった。
…それだけのこと。