遥か昔。

二人が一人だったころ、彼と彼女が、『彼女』だったころのことだ。

『彼女』、美夜綉【みやつ】というとても美しい娘がいた。

美夜綉はある貴族の娘だった。

その美しい姿に魅せられ、幾人もの貴族の男が美夜綉に求婚を申し込みに、ひっきりなしに美夜綉を訪ねていた。

美夜綉の両親は、その時代では珍しい程の自由主義者で、結婚は美夜綉の意思に任せると言っていた。

だから、美夜綉はその求婚者たちをことごとく振り倒していった。

その数は幾百とも幾万とも言われた。

ある時、同じように求婚し、同じように振られた男が美夜綉に問い掛けた。

「何故貴方は、誰とも結婚しようとなさらないのか?」と、すると美夜綉は悲しそうな表情で俯いて言った。

「私は決して叶わない恋に溺れてしまっているのです。決して貴方やいままでの御方たちが嫌だというような理由で、私は求婚を御断りになっているのでは無いのです」と、美夜綉はとても辛そうに言った。

男はそれを聞き、「それほどまで貴方を愛させる者はいったいどのような方なのか?」と言った。

美夜綉は「それはお教えできません。きっと父と母にさえも」と、やはり辛そうに悲しそうに言ったのだった。

その男が肩を落として帰って行くのを見届けた後、美夜綉は自室に籠り自身を全て映し出せる鏡の布を外した。

鏡に映った自身を、美夜綉は愛しそうに眺めてから、深く愛するように抱き締め、くちづけた。

「っ……私は」

美夜綉の見つめる先には、『美夜綉』が同じように見つめていた。

そう、美夜綉は。

「貴方【わたし】を真に愛している……」

自分自身を誰よりも愛していたのだった。

そして、叶わぬ恋に彼女は嘆き、自ら死を選んだのだった。




これが、『稲瀬優紀【彼】』と『稲瀬優紀【彼女】』の一つだった頃の物語だ。