僕は、震える手で包丁を受け取っていた。

鈍く光る刃の肌を眺めると、自分の顔がひどく滑稽に歪んで映っているのがわかった。

だが、笑える訳も無い。

背中には冷たくて生暖かい汗をビッショリとかいていた。

彼女は僕に殺されなければならない。

なのに、僕は彼女を殺すのをためらっている。

彼女は僕を愛していると言った。

何故だ?

僕たちはただ、『同じ』だから共にいて、お互いを殺すことを忘れないようにするために、二人でいたのではなかったのか?

違う。

違う?

違う、そうじゃない?

何故違う?

僕たちはお互いを守りたいだけで、共に過ごしていたのではないのか?
違う。

彼女は僕を愛していると言った。

だから、殺せないと言った。

だから、僕に自分を殺せと言った。

僕を愛しているから。

じゃあ、僕は?

僕は彼女を愛している?

僕は彼女で、彼女は僕だ。

ならば、僕は彼女を愛している……のか?

わからない。

だが、凶器を彼女に向ける手が震えている。

気持ちの悪い汗が全身を濡らしている。

彼女を殺すことを、拒んでいる。

「あぁ……」

僕の口からこぼれる掠れ気味の声が、震えている。

わかってしまった。

彼女は僕だ。

僕は彼女だ。

だから、わかった。

最悪だ。

僕は彼女を……。

「僕は……君を愛してしまっている」

震える手から、彼女を殺すはずだった凶器が地面に落とされた。