私の両親は私が1歳の時に離婚した。
だから、私には全く父親の記憶はない。


ある日…
お母さんが父親について教えてくれた。

でも、父親のことを話したのはその一度だけでそれほど興味がなくてお母さんがいれば十分だった。

ただ名前だけは心の隅にあった。


「申し遅れましたが、私は秘書の工藤徹と申します」
名刺を差し出す工藤さんから受け取る。

社長秘書と書いてあり、会社名は『カガミ商事』とあった。

私の父親はこの会社の社長ということ?

「社長が真那さまに会いたがっております」と言う。

いきなりそんなことを言われても困る。


それにこれからバイトだ…
ああ!ヤバい!本当に遅刻しちゃう!

「すいません、これからバイトなので…」

「ああ~では休んでください」


はい?
簡単に言われても困るのだけど。
でも、休むしかないようだ。

はぁ~

仕方なくバイト先に休むことを電話で伝えた。

「では、行きましょう」
近くに止めてあった黒いBMWの後部席に乗せられた。

車内は会話もなくて静か。

私は工藤さんをチラチラと見た。
髪の毛は短髪できれいにセットされていて、黒縁のちょっと四角い眼鏡が良く似合っている。
それに秘書というだけあって頭が良さそう。

はぁ~

また溜め息が出る。
これから一体どうなるのだろう。

30分ほどで大きな家の前に着いた。

うわ~!

何これ?
でかい家…


玄関前に車を止めて、工藤さんがドアを開けてくれた。

降りて狼狽えていると玄関のドアが開いてちょっとふっくらとした50歳くらいの女の人が出てきた。

「いらっしゃいませ、真那さまでしょうか?」

「私は車を止めてくるので、中に案内してください」と工藤さんは再び車に乗り、走って行った。


「こちらで旦那さまがお待ちでございます」
通された場所は30畳くらいある部屋。

リビングかな?
広すぎだよ…

ベージュ色の革張りのソファーに座っていた男の人が近づいて来た。

この人がお父さん?
ちょっとかっこいい。


「真那か?大きくなったな~」と優しそうな顔で微笑んだ。

「あ…えっと、こんにちは」と慌てて頭を下げる私。





ソファーに腰掛けて、お父さんらしい人が話す。
途中、紅茶とクッキーがテーブルに置かれたので口をつける。

一通り話が終わり、
「・・というわけで、出来るだけ早くこの家に来て欲しい」
とお願いされた。


お父さんの話によると…

簡単に言えば私を引き取りたい
…というか引き取ることになっているらしい。

いつの間にか、お母さんと話し合いをしていて、了解を得ているらしい。

話し合いをしてから、連絡がないし、来る気配もない。 
だから、わざわざ迎えに行ったとか。


何で今になって私を引き取ることになったかというと  

「息子の慎也の願いなんだ」

衝撃的な話だった。

お父さんが再婚して、今の奥さんとの間に出来た一人息子が慎也という。

私の異母弟の年は私の2つ下なので、今高一。
とても出来が良いらしく県内トップの高校に進学したが、今は休学中で入院している。


なぜ入院?


「癌で…長くてあと一年と言われている」


えっ…死んじゃうの?
まだ私より小さいよね?

「慎也が真那に会いたがっていて・・・真那にうちの会社の後を継いで欲しいと言った」


ずっと自分がお父さんの後を継ぐと心に決めて、生きてきた。

病気になり、自分が長くないことを知り、後を継ぐことが出来ないことを知った。


そんな慎也の願いが私らしい。



「慎也の願いを叶えようと思って、真那を呼んだ」

少し身勝手な願いかもしれないけど、とても切ない願い。
私も弟に会ってみたい。
どこまで願いを叶えてあげることが出来るか分からないけど、たった一人の弟のために何かしてあげたい。

そのために私はこの家で暮らす?

でも…


今はお母さんと2人で暮らしている。
お母さんと離れるということ?


「慎也に残された時間は少ない。だから、早くこの家で暮らして欲しい」

早くと言われても・・・



♪~♪~♪

私の携帯が鳴った。
お母さんからメールだ。

‘バイト終わった?今日は外でご飯食べよう!今どこ?’

はぁ~

‘今加賀見家にいるけど’

と返信。


10分後…

ピンポーン

「は~い、あら…おひさしぶりです!」

「岡本さん、まだいたのね!元気そうね」

お母さん?

いつの間に…


リビングのドアが開き、お母さんが入って来た。


「ちょっと!突然真那を連れ出すなんて酷いじゃないの!」

私は呆然として、お父さんを見る。

「君がいつまでも真那に話さないからだ」

ちょっと狼狽えてるお母さん。

「話すタイミングを考えていたのよ…それより今日はもう連れて帰ります!」

私の腕を掴み、出ようとする。


「とりあえず一週間後に迎えに行くから、準備しといてくれ」
お父さんが急いで話す。

えっ?
一週間後?


また突然な…


お母さんに連れられて、加賀見家を出た。
お母さんと二人でやって来たのはイタリアンレストラン。


パスタを食べながら、お母さんがポツリ、ポツリ話し出した。

だいたいはお父さんから聞いた話と同じで、やっぱり私がこれからはお父さんと暮らすのは変わらない事実らしい。

私がもし反対したとしても…
決定したことは変えられなさそう…


「お母さん、一人になってしまうよ?」

お母さんが一人ぼっちになっちゃう…
心配だよ…


「お母さんね、再婚することになった」

はい?

何ですって?

目をぱちくりする私に微笑むお母さん…


その余裕のある微笑みは何ですか?
「根本さんと再婚して、福岡に行くことにしたの」

「福岡!?何で?」

再婚にもビックリだけど、福岡にもっとビックリした。


根本さんと付き合っていることは何となく分かっていたけど、まさか福岡なんて遠いとこに行くなんて…

「プロポーズされたのは半年前でその時、今年中に福岡へ異動になるという話も出ていて、真那が卒業するまで待ってもらっていたのだけど、加賀見から引き取りたいという話が来て、良い機会なのかもと思って…プロポーズを受けたの」


良い機会ね~

確かに私がいなければ、簡単に再婚できるわけだ。 
何だか邪魔者にされているようでちょっと寂しい…

でも

私が加賀見家に行けば、お母さんは気にすること再婚出来るのか。


そんなことを考えながら,パスタを食べていると

「こんばんは」

突然現れた根本さん…