〔歩いたよ、一歩だけどね。〕
この時がきたとなんか一人ガッツポーズをしました。
〔やった〕この一言につきました。
その日仕事を何していたかも思い出せないほど、帰りたくて帰りたくて仕方がなかったですね。
職場に帰れば、〔なあとうとう歩いたよ〕
息子の事を同僚にもずっと話して、入院しているときなど、かなり助けてもらっていたので、〔良かったな〕と返してくれたりしました。
喜びが溢れそして涙が止まらなく、感無量になりました。
何故でしょうね、一つ出来る度に辛かった事が胸一杯になるんですよ。私も私なりに彼の事に携わろうと自分ではしてきていたんでしょうね。

歩けるようになる事は子供が通る道ですが、彼には子供の成長の喜びや見ていきたいという思い、どんな事にも携わりたい気持ちを教えてもらい、この喜びを忘れてはいけない事を、学んだと思います。

妻と私は、彼の行動が楽しくてたまらないんです。いつ2歩目があるか見逃したくなかったですから。

そうしているうちに、2歩目、3歩目と歩く事が上手くなりだし、先生が言われていた通り行動範囲が広がって、確かにみる事が大変になりだしました。

何が大変かは、こちらから伝える手段といいますか、伝わらない、彼が認知出来ないという問題です。車が来ていても、危険だという事が分からず、運転手からみても外見的には普通なので、障害を持っているとは分からないため、止まるだろうと出ては来ないだろうと、思い込んでしまいます。そして私達が名前を呼んでも、名前を認知していないため、止まったり、振り向いたり出来ず、そのまま危険に突入してしまう。

だから必ず1M以内にはいましたね。目を離す事など出来ず、周りに神経を張り、車など危険を察知しながら、遊ばせていました。

その時に起こりました。