私の息子として声をあげたのは7年前の事、今年晴れて養護学校の小学部に入学しました。本文中は息子の事を彼と記載しますね。
なぜなら幼児の時に通っていた施設で先生が私達との親御面談の時にまだ4才の息子の事を彼と呼んだんですよ。物凄く印象に残り、先生に問いかけました。何故?答えは簡単でした。〔人として、男として接していますからと〕私の持っていた息子への目が変わった瞬間でしたね。人として生きる証を私自身が取り入れて、息子の存在感を一文字であらわしているからなのです。
寒さが身にしみる師走のある日事は起こりました。私達夫婦は出産を迎えるにあたり、妻のお母さんの家にいました。いつもと変わらない時間が過ぎ、テレビの特番にチャチャを入れては温かいこたつに潜りこんでいた夜10頃だったと思いますが、トイレに行った妻が慌てて出て来たんです。〔なんだ、なんだ、どうした?〕と妻の慌てぶりに私も慌ててしまい、頭の中は真っ白になりました。
〔破水した、早く病院に電話して、早く〕大きな声が響きました。私は更に頭の中は真っ白で赤ちゃんの心配をして騒いでいる妻に、〔破水ってなんだ、どうなんだ、おい、どうなってるの?〕
私も妻にひよこクラブや出産における教育をさせられて一緒に戦うという姿勢は見せていたんですが、破水は勉強不足でしたよ。
小心者でボキャブラリーがないと全然ダメになってしまうんですね。病院に連絡を入れ受け入れが確認取れたので車に乗せて行きました。いつも以上に神経を使い、お腹に負担がかからないように慎重にと。
病院に着いてすぐに入院となり私は一旦家に戻り、入院に必要なものを揃え、また病院へと向かう車では、自問自答ですよ。〔どうなんだ?〕の連続でドキドキハラハラでした。産まれてくるという事は何と無くわかっていたのでやっとここまで辿り着いたな、長かったなと実感し始めてワクワクもしていました。