「矢野くんっ」
名前を呼ぶと、
ん~、と声を漏らしながら
ゆっくり上半身を起こす。
「うっせぇ、朝比奈。寝ろよ」
「先生は寝ません。ほら、起きて?」
寝ている姿を見て、
冬に出逢ったあの日を思い出す。
彼のことを知って、
いつしか恋に落ちたあの寒い日。
その時も彼は、こうして
寝息を立てていた。
「朝比奈も寝ろ」
「寝ないって。矢野くん、起きて」
「起こすなよ」
「補習やんないと」
眠たそうにしている
矢野くんは、やる気が
ないといったところ。
「眠ぃわ、かなり」
「早くやって終わらそう?ねっ」
はい、とあたしは
プリントを渡した。
渋々筆記用具を取り出し、
空欄を埋め始める。
無言で取り組む姿を、
あたしは盗み見する。
「あ…、ここ」
矢野くんが問題を
解いている途中。
間違っている所を見つけ
指摘しようと手を伸ばす。
「…っ、ごめ…っ」
一瞬だけど、手が触れて。
過剰なくらい反応してしまう。
その瞬間。
矢野くんはあたしを
じっと見つめる。