「ぇっと・・ほんとになんでもないんです―――アラン様?早く行きましょう。わたしたちが遅いから、今頃きっと、給仕の方たちが心配してるわ。ね?」


窘めるようなアメジストの瞳に負け、頬からゆっくり手を離した。

これ以上問いかけても、君は何も申すまい。

拘束された状態から解放されてホッとしたのか、胸に手を当ててそっと吐息を漏らしている。


「全く、君は・・・仕方ないな」


柔らかな身体をそっと抱き寄せて包み込み、強く甘いキスをした。



―――何故何も申さぬ・・・。

君のことは、何であろうとすべて受け止めるのに。

結婚しても、この頑固さは変わらぬか。

さて、どうしたものか――――




塔の中を食堂に向かって歩いていくと、エミリーは変わらずに、にこにこと皆に明るく挨拶している。

使用人にも立ち止まって挨拶をするものだから、立ち話をしかける者まで出てくる。


「おはようございます。アラン様、エミリー様。あ、エミリー様、実は今日花の――――っ!」


「え?花の―――何?」


「いえ・・・申し訳ありません。何でも御座いません」


気軽に話しかけてくる使用人に冷たい瞳を投げると、一瞬で笑顔が消え、しゅんと大人しくなった。


「以前とは違い、今は我が妃だ。そのように気さくに話しかけてはならぬ。良いな。・・・エミリー、参るぞ」


「あの・・・でもアラン様―――」


華奢な腰を引き寄せて少し早く歩き始めると、慌てたように脚を動かしてついてくる。

これも皆に付け入る隙を見せないためだが、少々早く歩きすぎたか。

食堂に着いても無言でいる私を、怒っていると判断したのか、エミリーが顔を覗き込んで来た。

不安げなアメジストの瞳が私を見つめている。



「大丈夫だ。怒っておらぬ・・・その様な顔をするな」



給仕がおる手前キスは避け、頭をそっと撫でた。

エミリーは安心したように微笑んでいる。


エミリーは悪くない。使用人が王子の妃に気軽に話しかけるなど、普通、あってはならぬことだ。

これもエミリーの温かなオーラと、優しさが生む現象だが・・・私は塔の規律を見直さねばならぬな。



「エミリー、今日は母君が“一緒にお茶を”と申しておった。後程連絡があるゆえ、楽しんで参れ。では、行って参る」


「はい、いってらっしゃい。アラン様」


こうして、にこりと微笑むエミリーは堪らなく愛らしい。


「また後に―――なるべく早く帰る」


綺麗な額に軽くキスをし、私はいつもの通り政務塔に向かった。