“でもアンタ。ずっとそれだと、疲れるだろ?私でよければ、話だけなら何時でも聞くよ”


数日前に言われた言葉をふと思い出した。

もっと、愚痴を言え―――か・・・今までに、愚痴や文句など人に言ったことがない。

初めてだな、あんな風に言われたのは。

この私に、面と向かって思ったことを口にする者は数少ない。


―――サリー。

美しいのに、あのぞんざいさ・・・今にして思えば、なかなかに面白い女性だった。

彼女がとった行動や表情を思い返せば何とも可笑しく、自然と笑みが零れる。

身近には、いないタイプだ―――



「お帰りなさいませ」

「ん―――?何か、変わったことがあったか?」


微笑み立つ執事の様子が、どうも普段と違うように感じる。

何か、隠しているような―――



「いいえ。何も――――ですが。先程からお待ちかねで御座いますよ」


執事がすぃと脇に避けると、待ってましたとばかりに元気な声が玄関ホールに響いた。



「お帰りなさい!お兄様!!」



言うや否やサラサラの銀髪を揺らして首に飛び付いてきたので、咄嗟に華奢な身体を支えた。


「ぉ―――っと・・・全く、お転婆さんだな?」


全面的に身体を預けることになったシンディは、ますますぎゅっとしがみついてくる。

ぐっと女らしい体つきになってきたが、中身はまだまだ子供のままだ。


「パトリック様を驚かせようと、ずっと隠れられていたのですよ」



―――そうか。

どれほどの時間待っていたのだろうな・・・。



「シンディ、ただいま。待たせたかい?」

「ううん、そんなことないわ。忙しいのに、早く帰ってきてくれたのでしょう?」

「分かってくれるかい?これでも、特急で仕事を片付けてきたんだ。・・・最近、学校はどうだい?」

「とても楽しいわ。今日期末の試験が終わったところよ。それよりも。ね、早くお食事にしましょうよ。お腹ぺこぺこだわ。お兄様もでしょ?」



このまま食堂に行きましょ、とばかりにか細い腕がますます巻き付いて頬を擦り寄せてきた。



「よし。ならば、試験の出来は食事の時に聞こう」


え~・・そんなぁ・・お食事が美味しくなくなるわ・・と、抗議の声を上げて頭を起こしたシンディをしっかりと抱き直して食堂まで行き、椅子にそっと下ろして頭を撫でる。

さては、試験の出来が良くなかったのだな?


出来たかどうかなんて話はしなくてもいいでしょう?と、唇を尖らせて大きな瞳が上目使いでこちらを見る様は我が妹ながら何とも可愛らしく、つい許してしまいたくなる。

これに、男は参るんだな・・・。


しかし、この表情を同い年の男子にも見せているのか。

そう思えばなんとも複雑な気持ちが胸に持ちあがる。

このようなもの、シンディがアランを想っていた時には全く感じなかったものだが。

叶わぬ想いに安心していただけ、か。


娘を持つ男親の心が分かった気して苦笑する。

嫁に出す時、私はどうなるのだろうか。