意味深な笑顔のウォルターに別れを告げ、帰る旨を伝えようと執務室に寄れば、彼は留守だった。

恐らく、彼女と食事をしているのだろう・・・。


可憐な姿が思い浮かび、ぴりりとした痛みが胸を襲う。

だが、私も今夜は一人ではないのだ、待つ者がいる。

そう思えば心に火が点り温かさが蘇る。


早く、帰らねばな。


警備兵に伝言を託して玄関に向かい、廊下で行き会う者たちに軽く手を挙げて挨拶をする。

玄関を出れば、習慣でついアランの塔に足が向いてしまう自分に気付き、苦笑しながら踵を返した。



「―――屋敷へ」


馬車の椅子に身を沈め命じれば、ゆるゆると進み始める。

窓の外に目を向けると、月に照らされた深まった秋の景色が瞳に映った。

風に遊ばれて舞う落ち葉が、螺旋を描きながら馬車の窓を掠めていく。

秋は物悲しい季節だと女性達はよく言うが、今はその言葉の意味がよく分かる。

この私が―――・・なんて女々しいのだろう。



あぁ・・・そういえば。

こんな時期だったな、父が亡くなったのは―――――


“パトリック・・すまんな・・・ディアナとシンディのこと・・・頼んだぞ・・”

“はい。私がしっかり守っていきます。ですから・・父上・・どうぞご安心下さい”



白い天井に白い壁。

薬品の臭いが充満する部屋の中、大きなベッドの上には病と闘い痩せた私の父上が横たわっている。

鎮痛な面持ちの医師が診療を終えて首を横に振った。

枕元には母ディアナが座って骨ばった手を握り、今にも消えそうな命の火をどうにかして繋ぎとめようと懸命に励まし続けていた。

悲痛にも聞こえる声に混じり、震えた小さな声が下から聞こえてきた。



“ね、お兄さま。お父さまは、大丈夫なの?ね、お母さまが泣いてるわ”



震える小さな手。

細い指が私の服の端をぎゅっと掴んていた。

見下ろせば、ブルーの瞳いっぱいに不安の色を浮かべて私を見上げている幼い妹シンディが映る。

きっと、小さな胸の中は得体の知れない恐怖に支配されているのだろう。

安心感を与えるよう、辛さを隠し優しく微笑みかけてそっと頭を撫でた。


小さな頭。

これからは、私が守っていかなければならない。


“・・いいかい?シンディ。お父様に可愛い笑顔を見せてあげるんだ。きっと喜ばれるよ。できるかい?”

“はい。お兄さま。あ・・・そうすれば、お父さまのご病気は治るの?”

“――――あぁ・・・”


真っ直ぐに見つめてくる澄んだ瞳に対し上手く応えることが出来ないままに、小さな背中をそっと押した。

さらさらと揺れる綺麗な銀髪を、痩せた指が慈しむように触れるのを、背後からただ見つめていた。

父上―――――



――――あれから、8年・・・か――――


弱冠二十歳にして家督を継ぎ、気難しい重鎮たちを相手に我ながらにもよく頑張ってきたものだと思う。

年下の王子アランを支えながら。

今振り返ればあっという間だが、その時その場は、結構必死だったな・・・。