昼間の騒がしさが嘘のように静まった夜のギディオン城。

広大な敷地にある庭のそこかしこから、秋の虫達が奏でる求愛の歌が聴こえてくる。

ツン、と冷たく澄んだ空気の藍色の空には、今夜も二つの月が仲良く浮かびあがり、美しく色付いた木の葉たちを月明かりで優しく包み込んでいた。

時折強く吹く風が政務塔の窓をカタカタと揺らし、間もなくの冬の訪れを、予感させていた―――



―――・・今夜は、随分と冷えるのだな。

外は、もうこんなに暗いのか―――


書き物する手を止め、パトリックは兵士長官室の壁を見やった。

そこにはシンプルな楕円形の時計が掛けられている。


「まだ7時前、か・・・」


随分と遅くまで仕事をしてるように感じる。

少し前までは、まだこの時刻は明るかったというのに。

熱いと感じる時はとうに過ぎ、確実に季節は進み木々の姿を変え目に映る景色は刻々と移ろいで行く。

二つの月も重なる日が近い、か―――


“ね、遅くなっても待ってるから。絶対よ――――?”


―――そうだったな・・・。


大きな瞳にぷぅっと膨れた頬。思い出せば、ふ・・と口元が緩む。



「―――残りは、明日にするか」


隣にある執務室の窓からはまだ灯りが漏れてるが・・・。

アラン、すまないが、たまには早く帰宅してもいいだろう?

心の中で謝罪をしながら書類を整え箱に入れ、帰り支度を始める。


上着に袖を通していると、扉が強い調子でノックされた。

この叩き方。それに、兵士達の交替時間でもないこの中途半端な時刻にここに来るのは一人しかいない、ウォルターだ。

急ぎの書類でも持って来たのだろうか・・・しかし、今日は困るな―――



「・・・入れ」


入室を許可すると「失礼致します」ときびきびとした口調と動作で書状を手にしたウォルターが入って来る。



「パトリック様。今日はもう御帰宅なさるのですか?」

「あぁ、そうだ」


少しの驚きを含んだ表情が私を見るので、たまにはいいだろう?と返事をしながら受け取った書状を開き、ざっと目を通して訊ねる。


「―――これは、急ぎかい?」

「いえ。明日で宜しいかと」

「ならば―――ウォルター、すまないが先に失礼するよ。今夜は約束があるんでね」

「貴方様がその様な表情されるとは―――・・相手は、女性ですね?」


デートですか、これはまた久しぶりのことですね?と少しばかり弾んだ声を出し、硬かった表情を崩した。

ホッとしたような笑顔をくれるので、こちらも笑みを返す。

ウォルターは、私が失恋したことを知ってるのだ、彼なりに心配してくれていたのだろう。


「あぁ、とびきりに可愛い女性だよ。あまり待たせたくないんだ、怒らせると厄介でね。君も今夜は早く帰宅するといい。連日深夜だっただろう。君に倒れられると困るからな」



例の事件の処理で彼も相当な時間を割いているのだ、このままだとエミリーの警備に差し支える事もあり得る。



「これは、命令だ。いいね」

「はい。パトリック様、今夜はお言葉通りに致します。貴方様は、良い夜を―――」