「林さん」
振り返ると、
紺地にグレーのストライプの入ったスーツを着て、柔らかい笑顔で掛けてくる人がいた。
この、目鼻立ちの整った、見覚えのある好青年は、同じ会社の別の部署の人間らしい。
「千影、知り合い?」
となりで一緒に歩いていた麻美にこづかれて、答えに困った。
名前、なんだっけ。
最近、よく話しかけてくるこの青年の名前をまだ覚えていない。
隣で麻美が、そわそわしている。
今にも、紹介してよ、といわんばかりだ。
「今、帰り?」
小走りで来たその青年は、軽く息を弾ませながら、真っ直ぐに目を見てくる。
「はい。先輩もですか?」
「俺、先輩じゃないよ。後藤、ね」
当たり障りのない言い方をしてみたが、逆にそれが仇となった。
名前覚えていないの、バレたか。
でも、気を悪くしてはいないようだ。
訂正の仕方も、笑い方も、ごく自然で、嫌な空気は流れない。
この人は、嫌いじゃない。
「今日、この後、空いてるかな?」
「はい。」
「食事でも、どうかと思って。よかったら。」
「いいですね」
そうして、食事の約束と、2、3言、言葉を交わして、青年とは別れた。
「なぁんだ、あの人、千影狙いかぁ」
「え、なんで」
「は?なんでって、今の聞いてなかったの?
2人きりで、食事に誘われたんだよ?
それにあの人の態度見てれば、一目瞭然でしょ」
「ふーん」
「ふーん、て、あんた。あんな良い男に好かれて、もっとこう、喜びとかないの?」
「別に。でも、前々から話しかけられてたし、一度、食事にも行ってたから、今回もOKしたの」
「え!食事って、いつの間に」
「この前ありさに引っ張られて、合コンに連れて行かれたときに。
見覚えある顔だな、と思ったら、あの人だった」
「それ、セッティングされたんじゃ」
「なにが」
「ま、いーや。でも、よく行く気になったね。千影って、あんまり男の人に興味持たないのに」