俺の横を、その香りを振りまくかのようにして歩いてきた女がいた。
むせそうになりながら、必死にその香りに溺れた。
「千影!どこ行ってたの」
と、さっきの愛嬌のある女の人が、叱るように言った。
千影と呼ばれたその女は、舌をペロリとだして、
しかし悪びれる様子もなく、
「友達のとこ」
と言った。
優しい、でも、
色気もある、
ソプラノの声。
「智人くん、来てるよ」
と言われて、
ようやく俺に気づいたのか、
ゆっくり振り向いて、
照れたように笑った。
目があった。
つぶらな瞳に
ちょこんとついた鼻と口
母親似の、
愛嬌のある顔立ち。
彼女の瞳は、
今まで見たことがないくらい、真っ黒だった。
その、潤んだ瞳の奥の、奥の、ほうに
誰も映っていなかったのを、
お互いに見逃さなかった。
その瞬間。
俺たちは、似たもの同士だと
すぐに感じた。
これが彼女との出会いだった。