「あはは! 違うよー。私が気になってたのは、タコのこと」

「タコ?」

「そう。ここに来るまでたこ焼き屋さん三ヶ所あったでしょ?」

「よく見てるなぁ」

正直、結衣を見ることと、遼と真白の心配で周りの出店なんて見ていなかった陽平は、そんなにあったのかと驚いた。

「ふふ。たこ焼き大好きだから、ちょっとでもタコが大きくて、一番美味しそうなお店で食べたいなぁと思ってたの。あそこは行列も出来てるし、生地からタコがはみ出てるし、これだ! みたいな」

惹かれちゃった、と笑う結衣にときめかされっぱなしの陽平は、今だけ自分の名前が『たこ焼き』なら良かったのにと思ってしまった。

「なんだか食い意地張ってるみたいで恥ずかしいなぁ」

頬を両手で抑える結衣に、陽平はすっと左手を差し出す。

「なぁに? あ、たこ焼きのお金? ちょっと待ってね…」

「そうじゃなくて!」

赤いショルダーバッグから財布を取り出そうとする結衣に、陽平は焦りながらも制止をかける。

あぁ、もう。カッコつけたかったのに。差し出した手を引っ込めて、括った髪を掴むと、右手の親指でたこ焼き屋をさす。

「あの美味しそうなお店でごちそうするから、並びに行きませんか?」

「さっきの手は?」

「…店までエスコート」

人も多いしと、ぽつりと呟いてそっぽを向いてしまった陽平を見て、結衣は温かい気持ちになった。

「ああ! もう、いいから早く行こう!!」

恥ずかしさを隠すように先を急かす陽平に、今度は結衣が右手を差し出す。

「え…」

「エスコート、してくれますか?」

にっこりと微笑む結衣に、もう心臓がもたない気がしてきた。胸を開けば違う生き物が棲んでいるのではないだろうかというほど、ドクドク、ドクドクと活発に動くそこ。その加速には喜びと幸福しか感じない。

「喜んで!」

居酒屋の店員さながらに大声をあげ、満面の笑みでそっと結衣の右手を繋ぐ。

小さくて細いその手をほんの少しだけきゅっと握り、喜びのあまり大股で歩き出す陽平には、結衣が耳を赤く染めながらその横顔をじっと見つめていたことなど気づくはずもなかった。