「行こうか」

遼の穏やかな声に真白は眉間に皺を寄せる。

てっきり怒ってくるかと思ったのに、なんでもう笑っているのだろうか。

真白は一昨日から遼に振り回されている気がしてきて本格的に苛々してきた。いってしまえば逆ギレなのだけれど。とにかく帰りたくなり、踵を返そうとした。

「おい、どこ行くんだよ」

「帰る」

「来たばっかりだろ? 意地っ張りが続くと可愛くないぞ」

「可愛くなくて結構よ」

「そういうこと言うなって。せっかく浴衣も似合ってるのに」

「浴衣は関係ないでしょ。それともお世辞? 男って大変ね」

「……本当に素直じゃないな。なんでそんな言い方しか出来ないんだよ」

「あんたに素直になる必要ないでしょ?」

「そりゃそうだけど…。そんなんじゃ楽しくないだろ?」

「だから、楽しくなくて結構よ!」

「んー…。じゃあ、こうしよう。謝ることが出来ないなら、笑って見せて。今ここで笑顔を見せてくれたらさっきの発言は水に流す。それでどう?」

「…意味わかんない。なんで笑わなきゃなんないのよ!!」

聞き分けのない子供に言い聞かせるように、柔らかく話しかけてくる遼に苛立ちが止まらない。やはりこいつは意思の疎通が出来ない馬鹿男だと思うと、口調が荒くなってしまう。でも。

「陽平も結衣ちゃんも、君が笑ってるところを見たら、『楽しんでるんだ』、『良かった』って思うんじゃないか? それに、」

一拍おいてこちらを向く遼の目はなんとも言えず澄んでいて。続けられた言葉に力が抜け、巾着がするりと手から落ちてしまった。遼はそれを拾い上げて砂を払うと、真白の手に握らせる。

「ほら、行くぞ」なんて背中を押されても足が上手く動かなかったのは、一昨日の傷が痛み出したせいだと言い聞かせた。



―――「俺も真白の笑った顔、見たいから」

初めて遼に呼ばれた自分の名前がなんだか甘くて。思考回路が乱された気がした。