あれから僕は彼女をバス停まで送った。

会話はポツリポツリとしたもので、もう少し話をしたいと思ったけれど、丁度良く停車したバスと、急に降り出した雨によってそれは叶わなかった。

そして、『真白』と呼ぶことも。



「ただいま」

絵美から頼まれたいちごミルクを手にバイトから帰宅すると、入浴中なのか風呂場の電気が廊下にうっすらと漏れていた。母親は今日も夜勤になってしまったらしく、家の中は静かだ。

遼はいちごミルクを冷蔵庫にしまうと、夜食兼、明日の弁当のおかずとなる一品を作り始める。

野菜炒めでも作ってインスタントの味噌ラーメンに乗せようか。悩むこともなく早々に決まり、材料を取り出してリズミカルに切り始めた時、腰辺りに衝撃を感じた。濡れた髪をタオルでまとめた絵美が抱きついてきたようだ。

「おかえり!」

「危ないだろ? 包丁持ってる時は…」

「だって…心配したんだよ。お兄ちゃんのバイト先から連絡来た時、不安だったんだよ……」

そう言うと抱きしめてくる腕に更に力が込められた。

今日、結局バイトには遅刻をしてしまったのだが、遅れる時は事前に連絡を入れる遼から何の連絡もないと、心配した店長が自宅に電話を入れたらしい。もちろんその前に遼の携帯電話にも連絡をくれたようで何通か着信履歴があったけれど、鞄に入れていた所為で全く気づかなかった。その為、学校から帰宅した絵美がその電話を取ったようなのだ。

「お父さんみたいに…。お兄ちゃんにも何かあったのかなって…」

涙声になり語尾も消えかかっていた絵美の腕を、遼は安心させるようにポンポンと叩く。

父親が死んだ日。それはいつもの日常と変わらぬ朝で。でも、『死』というものはそんな中に突然襲い来た。

その恐怖を知っているからこそ怯える妹に、鼻の奥がツンとした。

「ごめん。ごめんな」

「…何で遅れたの?」

「ああ……課題に夢中になってた」

「それならいいんだけど……。ちゃんと連絡くらい入れてよね」

「気をつけるよ。冷蔵庫にいちごミルク冷やしてあるから、飲んで落ち着けよ」

そう言えば絵美は安心したのか、するりと腕を離すと目元を拭って冷蔵庫へ向かっていった。



彼女…真白のことを言わなかったのは、言うほどのことじゃないと思ったから。
ただ、それだけ。