人混みを縫うように黒い自転車が軽快に進んでいく。遼は左手をハンドルから外して腕時計を確認した。

十三分以内にタイムカードを切らなくてはならないが、ここからバイト先まで急げば五分程である。着替えはシャツを替えればいいだけだから余裕で間に合うだろう。

「よし」と小さく気合を入れ、ペダルを漕ぐ足に力を入れた。

その時、数十メートル先で艷やかな黒髪が揺れた。

目を細めてみると、黒髪おかっぱの小さい女の子に男子高校生と思われる少年達が絡んでいるようだ。制服の着方や髪型からして所謂チャラ男の部類だろうか。一方、女の子は絵美よりも線が細く華奢な気がする。

か弱そうな子供相手に何してんだよ。

遼はスピードを更に増そうと腰を上げたが、タイミング悪く信号は赤になってしまった。

ブレーキを掛けてハラハラした気持ちで見ていると、腕を掴まれた女の子の顔が横を向いた。瞬間、遼の視界が捕らえたものは…。

―――左目に掛けられた赤い眼帯。

一回しか会ったことがないというのに、忘れる方が困難だと思わせるほど強烈な。

あの時の、彼女だ。

暫し見入っているとまわりの人達がぞろぞろと動き出し、遼はハッと意識を戻した。信号はいつの間にか青に変わっている。

遼は自転車をこれでもかと走らせて、男子高校生と少女の間を目掛けて突っ込んだ。