「ねぇ、アデル」

悪戯をした子供を諭す母親のように、ノルンは落ち着いていた。

「私は貴方ほど、エルク様に忠誠があるとは思わないわ。そもそも、シェーダ国で貴方以上にエルク様を想う人はいないの」

そのアデルが、シェーダを裏切ろうとしている。
それだけでも、胸に響くものはあるのだ。
けどね、と言葉を紡ぐノルンの横顔は凛として曇り無くアデルへと向けられていた。

「私にも大切なものがあるの。守りたい人がいるのよ。それに私は、シェーダ国の騎士である前に、民のための騎士でありたい」

ノルンは自分の元に続々と各地の小競り合いの報が届き始めたことを告げた。
民の不満は飽和状態に達している。
このままでは、国が民を傷つけるだろう。

民なくして国はない。
だが、国はなくても民は生きていける。

「罪のない民にまで犠牲を強いるようなら、私は国に反旗を翻すことも構わないわ」

堅い決心を崩すことは不可能だと悟り、アデルは目を伏せ息を吐いた。

「……本当は一番心強い味方だよ、お前は」

ありがとう、と続けて頭を下げたアデルにノルンは目を丸くした。
もう二、三は押し問答を繰り返すつもりだったノルンは毒気を抜かれてしまう。