(駄目……もう……)

室内に入り込む太陽光が照らす母親の瞳は、白濁と濁り焦点が定かではない。

「お姉ちゃん!」

男の子の瞳からは大粒の涙が溢れる。
手遅れなのは、明らかであった。
だが、ユリアは男の子を入り口で待たせ母親の元へと向かう。
血の海が足元を掴むが、構わずに進んだ。

強まる血の匂いにも臆することなく、ユリアは母親の身体を覗き込んだ。

「……!」

母親の身体の下には、先程の男の子よりも更に幼い女の子が、血塗れになりながら抱えられていた。
何が起きたかわからぬ様子で女の子は母親を見上げ、まま、と繰り返す。

「っ……!」

ユリアは思わず目を逸らす。
すると、彼女の耳元に弱々しい囁きが届いた。

「この子を……」

顔を上げたユリアが見たものは、白濁とした瞳の中に僅かな希望を灯した血に濡れた母親の微笑だった。

「……わかりました。守ります」

「よかっ、た……」

男の子の妹、つまりは彼女の娘を、身を呈して守ったのだろう。
そして、助けに来たユリアの姿に安心し、限界まで削られた母親の命は尽きた。

(私はまた、救えなかった……!)

返り血に濡れた女の子を抱き抱え、ユリアは唇を噛み締めて涙を流した。