(ここは戦場なんかじゃないのに……!)

苦い想いがユリアの胸を重くした。
数日前までは普通に生活していたであろう村が、あろうことか村人同士で食料の奪い合いを始めたという。

(違う、これが戦争)

人々の肉体のみならず、心までもを深く抉り取っていく。
子供とは思えない強さで手を引かれ辿り着いた民家の中で、ユリアは言葉を失った。

男の子の母親と思われる女性が、背中を丸め何かを守るようにそこにしゃがみこんでいた。
扉はすでに機能を失い、ただの木片と化している。
机や椅子などの家具であっただろう木材が散乱する床に、誰の者か明らかな血の海が広がっていた。

ユリアは口元を両手で塞ぎ、悲鳴を飲み込む。

歪なオブジェだ。

背中を丸めた母親の背中には、本来は草を刈るためにあるだろう鎌が赤い血に染まり深々と身体へ沈んでいた。
口元は血と泡で濡れ、ひゅーひゅーと空気の漏れる音が微かに聞こえた。

「お母さんを助けて!」

ユリアは崩れそうになる足を地に付け、必死に倒れまいと踏み留まった。
男の子の悲痛な叫びが耳を裂く。

ユリアは、母親に施すべき処置がないことを、悟ってしまった。