たった一試合、君と私の甲子園

「宏大、絶対打ちよぉー!!
打たな紗奈は
甲子園に来られへんねんでぇー!!!」


私はバッターボックスに向かう宏大に
そう大きな声で叫んだ。



違う・・・


私は口に出してる言葉とは裏腹な、
まったく逆のことを思っているのに、


打たないで!!


そんな酷いことを思っていたのに!!



宏大は私の方を見て小さく拳を上げ、
ニコッと笑った。



笑わんといてよ・・・


紗奈の名前出して、
笑わんといてよ・・・


バッターボックスに入った宏大の目は鋭く、
気迫に満ち溢れている。


絶対に打ってやろうって気持ちが
ひしひしと伝わってくる。


カキーン!!


『ファール!!』


多彩な変化球も投げてくる牧野、
しかし宏大もなんとかボールに当て粘っている。


カキーン!!


宏大の打った打球は三塁線を襲ったが、
『ファール!!』わずかに切れた。


これでカウントは、
スリーボールツーストライク、
宏大も追い込まれた。



あと一球・・・


宏大・・・ 


私は宏大の姿を見れなかった。



本当は打ってほしい・・・

勝って決勝へ行ってほしい!!


でも、今日勝てば、
明日は紗奈が甲子園に観に来る・・・


だから打ってほしくない!!


でも、宏大には勝ってほしい!!



私・・・

私、何考えて・・・


私は見てられなくなって顔を伏せた。



この日のためにずっと努力をして来た
宏大を私は知ってる。


毎日毎日、泥だらけになりながら
頑張って来た宏大を、私は知ってる・・・



宏大・・・


私は俯きながら
ただ祈るように両手を合わせた。


『ピッチャー牧野くん、
セットポジションに入った。』



『かっ飛ばせ、宏大!!
宏大!! 宏大!! 宏大!!』


神楽高校の応援席からは
祈るような声援が飛ぶ。



『あと一球!! あと一球!!』


谷松商業のスタンドからは
あと一球コールが起こる。



『さぁ、これが最後の一球になるのか?
牧野くん、セットポジションから
第6球目を投げたぁー!!』



宏大!!


私はハッと顔を上げた。


カキーン!!


あっ!!


宏大は牧野の球をはじき返した。
打球ははぐんぐんと伸びて右中間へ飛ぶ。


私はその打球を目で追った。


行けっ・・・

抜けろっ!!


それは私が咄嗟に思ったことだった。



しかしバッターは宏大ということで
守備位置を深めに守っていた。
センターはその打球に追い着こうとしている。



いやっ、捕らないでっ!!


この打球が抜ければ、
宏大たちは勝ってしまうのに・・・



抜けて!!


勝てば紗奈が来るのに・・・


この想いが私の本心・・・?



センターが打球に飛びついた。



宏大と私だけの甲子園にしたいのに・・・



「抜けてぇー!!!」


私はそう大声で叫んでいた。





ザザァー!!!


ポンっ・・・ドカン。


抜けた・・・


「「「おぉぉぉぉぉー!!!」」」


センターが飛びついたが一歩及ばず打球は抜け、
フェンスに当たり跳ね返った。



「よっしゃぁぁぁー!!!」


二塁ランナー中井がホームを踏む。
そして逆転のランナーの大松も三塁を回る。


「まわれ!!まわれ!!!」


お願い・・・


谷松商業は抜けたボールをライトが処理し、
中継のセカンドへ、
そしてセカンドがバックホーム!!


お願い!!


大松の足、セカンドの送球・・・


ザザァァァー!!!


滑り込む大松、ブロックして阻止する捕手、
クロスプレーになった。



お願い!!

宏大を勝たせて!!!








 『セーフっ!!!』   





やっ・・・た・・・



「やったぁぁぁー!!!」


「「「うおぉぉぉぉぉー!!!」」」


神楽高校の選手がベンチから飛び出した。


そしてみんなが宏大の元へと駆け寄る!!


「やったぁー宏大!!」


「コノヤロー!!!」


「ナイスバッティング、宏大!!」


宏大はみんなに囲まれもみくちゃにされた。



宏大・・・


私は目から涙が溢れた。


やった・・・やった・・・

宏大が・・・


「ううっ・・・」


宏大はベンチにいる私を見て、
右手の拳を上げガッツポーズした。





「うん・・・うん・・・」


私も右手を握り締め、
小さくガッツポーズした。



すごい・・・

すごいよ宏大・・・


「ううっ・・・」 


美優は止めどなく流れる涙を拭うように、
口元に両手を当てた。



やっぱ紗奈の力はすごかったね・・・


ううん、そんなのどうでもいい。


宏大は・・・

宏大はやっぱり勝って喜んでる姿が
一番に似合ってるよ。


今の宏大が一番カッコイイよ。