「さすがお兄ちゃん!」
私が言うと、
「どうせ壁に耳つけて聞いてるよ。昔からムッツリだからな!」
シュンが大きな声で言うと、
「誰がムッツリだよ」
と返ってきた。
「身内にもいたか…」
私が壁を蹴ると、
「ごめんね〜」
と返って来た。
私と綾はため息をついた。
綾とこんなに大きなケンカをしたのは初めてだった。
外側からだけでは人の心の痛みや苦しみなんてわからない。
綾が笑っているから大丈夫…
幸せなんだ…
そう決めつけていた。
無神経なのは私の方だった。
自分だけが苦しくてつらい思いをしているって思ってた。
自分にないものを持ってる綾を妬んで、恨んで。
それはまるで、ないものねだりしてだだをこねる子どもみたい…
自分が情けなくなった。
でも綾とわかりあえたから。
仲良くするために我慢したり、本当の気持ち隠して笑ってても…
何も楽しくなかった。
綾と私は初めてわかり合えたのかもしれない。
初めて心から笑い合えたような気がする。
ケンカって本当につらい。
なるべくならしたくない。
だけど、ケンカから生まれる新しい発見はいいな…と思った。
綾の泣き顔は意外とかわいいとか…
綾は思っていた以上に本当はわかってて、考えてるとか。
私のことをよく見てるとか。
仲良くないとやっぱりケンカってできないんだな…って思った。
ケンカしたからってそこで友情が終わりじゃない。
形を変えながら続いていくものだ。
ずっといい形になって…
実は今日、私の誕生日だったりする。
11月25日。
今日で16歳。
特に何も言われてないんだけど、何かある気がして…
いや、何かあるはず。
だけど私はひとつものすごく気になることがある。
それは…シュンと2ヶ月近く会ってないってこと。
兄の部屋にたまに来てたのに最近は全然来ない。
ものすごく避けられている気がする。
今日は誕生日なのに…
メールぐらいくれてもいいのに。
家に帰ると母がすでに準備を始めていた。
「おかえり。そういえば今日、俊二くんが来てこれ咲にって…」
母から手渡された箱を、自分の部屋でこっそり開けてみると…
「香水…これって」
シュンがつけてるのと同じの。
そういえば…
「シュンいい匂い…なんかつけてる?」
「ああ、香水の匂い…?」
「いいなぁ。この匂い好きかも…」
そんな会話したことあったな…
シュン覚えてたんだ…
でもなんで直接渡してくれないんだろう。
私は、香水を手首につけた。
「シュン…」
余計に寂しくなってきた。
自分から会いに行けばいいのかもしれないけど…
シュンは時々困ったような顔をするから。
もしかすると嫌われてるのかも。
勘のいいシュンのことだから私の気持ちに気づいて…
距離おいてるのかもしれない。
好きな人に迷惑とだけは思われたくない。
私の恋愛は足踏み状態のまま全く動いてなかった。
その日の夜は、若菜さんが来てくれて、家族に混じって一緒に祝ってくれた。
母が作ってくれたごちそうもケーキもとてもおいしかった。
父と母からは欲しがっていたブーツ。
兄からは大好きだったドラマのDVD。
若菜さんからはマフラーと手袋。
「ありがとう!すごく嬉しい!!」
私は満面の笑みで心からそう伝えた。
プレゼントが…
じゃなくて、みんなでこうして祝ってもらえるなんて。
1年前は考えられなかったから。
リビングでゆっくり寛ぎながら話した後、私は自分の部屋に戻った。
シュンにお礼言わなきゃ。
私は携帯片手に固まっていた。
コンコン
誰だろう…?
「はい…」
私はドアを開けると若菜さんが立っていた。
「若菜さん…」
「今、大丈夫…?」
何だろう…
「はい…」
私はドアを引いて若菜さんを部屋に入れた。
「俊二と同じ香水…」
若菜さんが言った。
「あ…わかりました?」
私が聞くと、若菜さんは静かに頷いた。
「なんか昼間に来てお母さんに渡して帰ったみたいで…」
私はプレゼントの箱を見ながら言った。
「俊二はそういうところあるから…」
若菜さんが言った。
「シュンに避けられてるような気がして…」
私の言葉に若菜さんは優しく笑って、
「俊二は咲ちゃんのこと嫌いなわけじゃないよ。ただ…優し過ぎるんだよ」
そう言った。
若菜さんが言いたいことがわからなくて、私は黙った。
「俊二は、自分のことより相手のことを考え過ぎてしまうのよ。普通自分がこうしたいとかこんなことして欲しいとか考えるところを相手の気持ちばかり気にしちゃうとこあるから…」
確かにそういところある。
でもどうして避けられてるんだろう…
「咲ちゃん…俊二のこと好き?」
「えっ!?」
若菜さんの言葉に心臓が飛び出るかと思った。
若菜さんはクスクス笑いながら、
「好きなんだね」
と言った。
私は顔が真っ赤になっていた。
「俊二が好きなら…会いに行ってあげて…」
若菜さんは穏やかな口調だけど、しっかり私の目を見て言った。
「俊二はあんなだけど、本当は恋愛に臆病なとこあるのよ。家族のことで…やっぱり癒えてない傷があるように思うの。彼女ができても深入りさせないししない。きっと…付き合った先の別れまでを考えているから」
若菜さんの言葉に胸が苦しくなって泣けてきた。
「シュンは…よほど傷ついたんですね…」
私はシュンの心の奥の悲しみをわかってあげられなかった自分のふがいなさにまた泣けてきた。
「咲ちゃんと再会してからの俊二はすごく楽しそうだったの。だけど最近はまた人を寄せ付けない雰囲気を出しちゃってて…」
若菜さんは私の手をギュッと握った。
柔らかくて優しい手だ。
「でも、16歳の私が…こんな恋愛初心者の私なんかが行ったところで何か変えてあげられるんでしょうか…?」
私の言葉に、若菜さんはにっこり笑って、
「恋愛に歳なんて関係ないよ。相手を想う気持ちが大切だから」
そう言った。
私は1階に降りて、
「シュンにお礼言ってくる」
と母に告げた。
「今から?明日じゃだめなの…?」
久しぶりに母の眉間にしわがよっている。
「今日じゃなきゃ…今じゃなきゃダメなんだよ」
気持ちはもうシュンのところへ走ってる私の様子を見て、母はため息をついた。
「帰りはちゃんと送ってもらいなさいよ。危ないんだから」
そう言った。
「ありがとう!!行ってきます!」
私は玄関を飛び出した。
11月の夜の空気はとても冷たく、喉にしみる。
それでも私はシュンの家まで走った。