医官が全ての馬車をまわり終り、アランに報告がなされると、エミリーは馬車の中に戻るよう指示された。

マントを脱いでたたんで、椅子に落ち着いて暫くたっても、なかなかアランは戻ってこない。


ちょっと様子を見に行こうかしらと思った頃、何だか外の様子がおかしいことに気付いた。

後ろの方から、男の叫ぶ様な声と馬の蹄の音がたくさん聞こえてくる。

それに、悲鳴のようなものも―――


「今のはまさか・・・」


メイドの声?

エミリーは息を飲んで両手で口を覆った。

身体から血の気が引いていく。


―――まさか・・・まさか・・・。


馬車の扉をサッと開けて飛びこむように入ってきたアランが、窓のカーテンを素早くぴっちりと閉めていく。

その様子は、明らかにおかしくて。


それに、遠くから、キン!キン!と、金属を打ち合わせるような音が聞こえてくる。

外で、良くないことが起きている。



「アラン様、なにが起きているのですか」



そう聞く声が震えてしまう。

まさか、盗賊が追い掛けてきたのだろうか。



―――怖い―――


エミリーの小さな胸が、不安と嫌な予感に支配されていく。


アランは、壁に掛けてある剣を取ると、エミリーの元に跪いた。

武骨な手がエミリーの頬をそっと包む。

ブルーの瞳には、不安げに揺れるアメジストの瞳が大きく映っていた。



「エミリー、君は何が聞こえても、絶対に外を見てはならぬ、良いな?」

「いや。いやです。アラン様、おねがい、行かないで―――」



震える小さな手が、逞しい腕を懸命に掴んだ。



――――そばにいて・・・心配なの。



見つめるアランの姿が、どんどん滲んでいく。


アランは王子。

事が起これば先頭に立って皆を守り、指揮を取らなければならない。

それはエミリーには十分にわかっていることだ。

けれどやっぱり、行かないでほしいと切に願ってしまう。



「泣くでない。エミリー、大丈夫だ。私を誰だと思っておる。安心しておれ。君を必ず守る。皆もだ」



解いたエミリーの手に唇を落とし、アランはサッと立ち上がり踵を返した。



――――・・行ってしまう。



「ぁ、まっ―――て・・・」



背中に伸ばした手が、虚しく空を切った。



「アラン様。おねがい、どうか、どうか、ご無事で―――シェラザードさま、リンク王さま、どうか、皆を守ってください―――」



エミリーは、剣と蹄の音が鳴り響く中、懸命に祈り続けた。