エミリーと同年に思える風貌。

普通ならば、一人で旅をすることなどない年頃で、服装と持ち物から判断すれば、観光目的でないことは明らかだった。

ましてや、徒歩、なのだ。


鞄の中には、旅をするにしては少なすぎる金品と僅かな食糧、それに、古びたオルゴールが入っていた。

手厚い治療の末に目覚めた少女は“アニス”と名乗り、鞄を指差しこう言ったという。


「この中にオルゴールが入っています。私は、これを作った職人さんを探しに、ここ、ギディオンの都に来ました。壊れたこれを直せるのは、そのお方だけなのです」


―――と。

確かにギディオンは物作りの国であり、その細工の細かさは諸国に誇るものの一つだ。

それを作った職人も容易く見つかると思ったのだろう。



「だが、解せぬな―――」



いくら大事な物であったとしても。

足の皮が剥け、意識を失うほどに身体を酷使してまで急ぎここに来た理由となるのか。

アランには、そう思えなかった。



―――折しも、時節が移り変わるこの時期。

何かがある筈だ。本当の理由と、目的が―――



アランは、一向に答えの見えない思考を止め、ふと壁の時計を見やった。

針は1時半を過ぎたところを指している。



「そろそろ、だな・・・」



窓の外を眺めれば、青い空に白い雲がゆるやかに流れていく。

今日も平和なギディオンの空。

春風が新緑の葉を揺らし、通りすぎていく。

花月とはよく名付けたもので、あの夜を境にして、城の庭にも花が咲き始めた。

次第に彩り豊かになる庭。

エミリーに似合う季節が近づいてくる。

華やかな美しい時が―――


視線を落とせば、楚々と歩くエミリーの姿が映り、アランの表情は自然と和む。

鋭く尖った氷が溶け、心が穏やかになる瞬間だ。

紐に繋いだシャルルは勿論のこと、今日は、道具籠を背負った庭師のモルトも散歩の供にいる。



「・・・今日は、薔薇園の方に行くのか」



毎度同じ時間に散策するエミリーの姿を見るのは、習慣になっている。

いつも意外な行動をとることが多いエミリー。

こうして姿を探しておくのは、大まかな居場所を把握しておく為でもある。




「アラン、ちょっといいか?例の物が戻ってきたんだ」



ノックの音も半端に足早に入室したパトリックは、手にしていた物を執務机の上に、ゴトリと置いた。