「はい、王子妃様。いってらっしゃい」


お楽しみを・・とにこにこと笑んで手を振るリックに見送られて、馬はさくさくと森の奥へ入っていく。


森の中には所々に雪が残っていて、まだ冬の名残がある。

ひんやりと冷たい空気が肌を刺し、エミリーはマントの襟元をぎゅっと合わせた。


木漏れる月明りに残雪が照らされてチカチカと光り輝き、まわりの樹木を照らす。

あたたかい季節に比べ、茂る葉も少ないせいか、以前に訪れた新月の夜と違って木々の奥もほのかに明るい。

自然に作られた小道の両側には、相変わらずに変わった形の葉を持つ樹木が並んでいて、エミリーはそれらをじっくりと眺めた。

何せ、以前はこんなに明るくなかったし、途中から目を瞑っていたのだから。



だんだん奥に進むにつれ、前は分からなかったことに気付く。

小さな立て札が所々に設置されているのだ。


管理の為に樹木の名が書かれているのかも、と目を凝らしてよく見ると、それは文字が書かれているわけではなくただ色が塗られているだけ。

形も、四角じゃなくて丸い。これは・・・?



「アラン様。あの立て札は、何ですか?」

「・・・あれは、目印だ。ここは、奥に進めば進むほど方角が分からなくなるゆえに、学者達は色と形で現在地を把握する。リックには相棒がおるゆえにほぼ迷うことはないが、他の者はそうはいかぬ。私も、そうなのだぞ?」

「え?そう、なのですか?」



不思議そうにアランを見上げるアメジストの瞳。

エミリーには、意外なことに思えていた。

あまりにも迷いなくすいすいと進んでいくので、この広い森でも、アランにとっては自分の庭のように全部把握しているのだとばかり思っていたのだ。


「私が把握出来ているのは、極々一部だけだぞ。―――ん、エミリーあちらを見よ・・・どうやら、月明かりに誘われて来たらしい」



手綱を操作して馬を止めたアランが指差す方向には、2羽の鳥がいた。

少し開けた小さな平原にいるそれは少し大き目で、一点の曇りもない白い羽は、月に照らされて黄金色に見える。



「きれいな鳥ね・・・」



見つめ合うようにして佇んでいたそのうちの1羽が、バサッと翼を広げて宙に浮かび上がった。

それは羽ばたくことがなく、やがてふわりと地に着いた細い脚は、軽やかなステップを踏むように何度も柔らかな草を踏む。

その舞うような行為は、もう1羽に見せるようにして何度も繰り返されている。

羽を広げている様は、まるで、上質のバレエを見ているように美しい。

ふわりと浮かぶたびにそれが丸い月と重なり、うっすらと雪の残る平原に奇麗な影を落とす。




「・・・求愛の、舞いだな・・・私も初めて見るが、美しいものだな」

「えぇ、とてもすてきです・・・」