頭の上で囁くような声が出されるのと同時に、華奢な身体は片腕にしっかりと支えられ、馬はそろそろと動き出した。

前に出掛けた道のりと同じ。

だけれど今度は煌々と光る月明かりの下で、道を照らす道具は必要ない。

王の塔の横を通り過ぎ、大門の隣に建つ小屋を目指して馬は行く。

暫く進むと、木立の向こうに、黒々と生える背の高い木々と左右に延びる塀が見えてきた。

近付くにつれて、怖ろしげな獣の鳴き声が微かに聞こえてくる。

シャクジの森だ。


あの森はとても素敵なところだけれど、アランから滔々と聞かされている通り、やっぱり危険な場所なのだ。

エミリーは怖く感じて、ぎゅっとアランの服を掴んでできるだけ身体を寄せた。

すると、それに応えるように身体を包む腕にも力が籠り、強く抱き締めてくれる。



「ん、エミリー・・怖いか?」

「ううん、そんなことはないわ。アラン様がいっしょですもの、わたしは、平気です・・・」



甘えるように胸に頬を寄せると、ぬくもりが伝わってきて心から安心出来る。

どんなことがあっても、この手さえ離さなければ大丈夫だと思えるのだ。


やがて進む先に小屋が見え始め、窓から漏れた灯りが地面を四角く照らしていた。

森番は、まだ起きているよう。



「・・・リックはおるか」



抑えてはいるけれどよく通る声に反応し、扉がゆっくりと開かれる。

千切れんばかりにしっぽを振る愛犬と一緒に出てきたリックは、くしゃりと笑ってゆっくり丁寧に頭を下げた。



「これはこれは王子様。こんな夜更けに来られるのは、久しぶりですな」

「夜分に世話をかける。就寝するところだったか?」

「いえいえ、まだで御座います」



そう言って上げた小さな瞳に、大切そうに抱えられたエミリーの姿が映り、リックは皺を一層深めてにこと笑んだ。



「これはまあ、王子妃様もご一緒ですか」

「こんばんは。リックさん、夜遅くにごめんなさい」

「いえ、今宵は良い月で御座いますから―――ああ!もしや、今からあの場所に行かれるのですか?」

「そうだ。明日にしようとしていたが―――」

「いえいえ、今夜でも十分よろしいと存じます。あれは金胞子と違い、数日の間続きますから。今が一番の見頃だと存じます。そうですか。そうですか・・・あれをご覧に―――」

「リック、門を開けよ」

「あぁ、これは私としたことが!申し訳ありません。少しお待ち下さい。今、すぐに鍵を―――」



くるりと踵を返し「―――お持ち致しますから」と言いながらいそいそと小屋の中に引っ込み、間もなく鍵の束を手に戻ってきた。



「お待たせ致しました。今、お開けいたします」