まるで、見知らぬ建物に忍び込んだスパイのような感じ。

一体誰を警戒してるのかは、エミリーにはよく分からない。

けれど、スリル感たっぷりで、そわそわする気持ちを胸の中に閉じ込め、内緒でこっそりな雰囲気に精一杯協力して息を潜めながら進む。

そうしてようやく玄関を超えたところで、どうにかアランに付いていけた自分を盛大に褒めつつホッとしていると、いきなりぐいっと引き寄せられ逞しい胸に収まった。

おまけにフードも深めにずらされて視界が突然暗くなり、何があったのかさっぱり分からず声も出せない。


その、見えないところでは―――



アランが玄関に立つ警備兵二人に対して、掌を見せていた。

腕の中を見るなとばかりに威厳を込めた瞳で二人を見据え、必要なことだけを伝えている。



「少々出掛けてくる。護身はある。護衛は無用だ」

「それは・・・」



反論の言葉を出しかけると、威厳ある瞳から心臓を貫かれるような気を受ける。

以前、二人がお忍びで出掛けた際のウォルター団長の叫び声を思い出し、戸惑う二人の警備兵。



“何故誰もお止めしないのです!”



そうだ。

この様子は絶対にお忍びであるのは明らかで、団長は知らない筈で、止めないと“何をしていたのです!”などと叱られることは間違いない。


だがしかし。

悲しいことに、二人にはアランに進言できるような気も力もなく―――


「いってらっしゃいませ」

「お気を付けて」


と、頭を垂れるしかない。



「行き先は、誰も入れぬ場所だ。ゆえに、必要ない」



二人の心情を読み、そう言い残して腕の中の身体をしっかり抱え直し、二人の内の一人が塔の中にいそいそと入るのを感じつつ、アランは塔を後にした。

馬小屋まで辿り着くと「すまぬ、もう話しても良いぞ・・・」と言って、エミリーの背を優しく撫でる。


「コレは、もう良いな」と、フードも取り除かれ、豊かな髪がふわりと広がり、月明かりに当たって金色に艶めいた。



一気に広がったアメジストの視界に映る、立派な馬小屋。

始めて来たところ。

その中を見廻せば、馬達はみんなよく休んでいるようで、とても静か。

アランがその中の一頭に近付いてゆき、ぽんぽんと背を叩くと、ぶるると頭を振った。

ひょいと抱き上げられて、軽々とその馬の背に乗せられながらエミリーは訊ねる。



「どこに、いくのですか?」

「森だ。今宵の月が美しく見える場所がある・・楽しみか?」

「えぇ、とっても!」



嬉しさのあまりに出た大きな声が、馬小屋の中に響く。

何頭かの長いしっぽがふりふりと動いて、その場で足踏みをした。

ごめんなさい・・・、と慌てて口を塞ぐその背後でアランがクスリと笑う。



「・・・私も、楽しみだ」