「ありがとうございます。うれしいわ」



考えておこうと申しただけだぞ?

と、呟くように言うアランの声を聞き流し、サイコロのような形の可愛いケーキにフォークを刺す。

日にちが決まったら、もう一度お願いするのだ“一緒に、行きましょう”って。

そうすれば、もしかしたら、お忍びで一緒にお出掛けしてくれるかもしれない。



―――そうなったら、デートだわ。


新婚間もない頃に、二人で市場通りに出掛けて以来のこと。

想像すると、嬉しくなってしまう。


ケーキを一口入れて顔を上げれば、アランはすでに珈琲を飲み終えたようで、エミリーがデザートを食べ終わるのを静かに待っていた。

あれほどに段取りを考えていたはずなのに、例の如くにアランの誘導にあい、食事中は刺繍の話に終始してしまっていたことに気付く。

聞きたいことはあと2つもある、急がなくては。

そのうちで、夜に聞かない方がいいことは―――


“ロマンティックで、素敵ですわよ?”


そう、これを訊ねないといけないのだった。



「ぇっと――――ぁ、あの、アラン様?“花月”って何ですか?」



その言葉を聞いたせいなのか、何なのか、アランの瞳には驚きとも興奮とも取れる色が見え始める。



「―――君は、誰から、その言葉を聞いた?」

「刺繍の先生からですけど・・」

「リックの・・・そうか―――ふむ、少々、待っておれ」



そう言ってアランは自席から立ち、窓際へ向かった。

腕を組んで外を眺め、何かを呟いているよう。

間もなく、テーブルまで戻ってきたアランは自席ではなく、エミリーの元に来て脇に跪いた。

その瞳が、いつもよりも煌いている様に見える。



「刺繍の先生は、他に何か申しておったか?」

「何も―――アラン様に聞いてみてくださいって、教えてくださったの。とても素敵なことですよって」

「そうか。今すぐに、言葉で教えることは容易いのだが・・・すまぬが、夜で良いか?」

「え、夜、ですか?」

「そうだ。少々、準備が要るゆえに、今夜では無理だが。おそらく近日中には出来る筈だ」

「じゅんび、ですか??」



それに、出来る、って??


何のことなのか。

折角、夜を避けて質問したのに、答えは夜だと言う。

アランをじっと見つめるエミリーの手に唇を落とし、仕事を片付けてくる、と言い残して食堂を出て行ってしまった。

結局その日の夜に、もう一度花月のことを訊ねたエミリーに対し、アランは魅惑的な笑みを向けるのみで何も教えず、いつも通りの夜が更けていった。