ランチを終えたエミリーは、いつものように庭に出ていた。

もちろん、シャルルも一緒にお散歩だ。


楚々と歩くエミリーの手には紫色の紐がしっかり握られ、その先には、ツンと澄ました顔のシャルルが鈴の音を鳴らしてしなやかに歩く。


当初は、その姿を見て驚きの余り目を丸くしていた城の人たちも、何度か目にしているうちに慣れてきたよう。

話しかけて来ないまでも、にこにこと笑ってくれるようになっていた。

この分なら、そのうちにシャルルひとりでお散歩できるようになるかもしれない。

少し希望が見えてきて、足取りも軽くなる。


今日は順番で言えば王の塔側の方。

エミリーなりに、毎日行く方角を決めている。

その日の気分によって変えたり、庭師のモルトに誘われて進む先を変えたりすることはあるけれど。


今日は貴賓館に行ったから、王の塔の向こう側まで行ってみようかしら。

そう考えて、そこに向かうべく脚を進めていると、シリウスから制止の声が掛けられた。



「エミリー様。本日そちらに行くのはお止め下さい」



場所は、医務室の前を通り過ぎ、貴賓館へ続く入口を過ぎたところ辺り。

シリウスはいつもこうなのだ。

ギリギリになるまで、何も言わない。

前もって言ってくれると、助かるのだけど―――


“なるべく、エミリーの思うままにせよ”


アランからそう命令されていることを、勿論エミリーは知らない。

この、どちらにも忠実な護衛の心中は、いつも葛藤の嵐の中にいることも。

だから、一応聞くのだ。



「シリウスさん、それは、どうしてなの?」

「それは、申し訳御座いません。申し上げることはできません。ですが、出来れば、行かないようにお願い致します」



進む方向に立ちふさがるようにして、頭を下げるシリウス。

滅多に前に出ることがないこの護衛がこうしているのは、相当危険だということ。

それくらいは、エミリーにも分かる。

それに、今日は何かあったようだったし。



「分かったわ。今日は別のところに行きます」



シャルルの紐をそっと引っ張り、逆向きに進む。

ちょうど医務室の前を通り過ぎる時に、窓際で作業している医官の助手リードと目が合った。

手を振ってにこっと笑いかけると、後退りをして奥に引っ込んでしまう。

そのリードが、こちらからは見えない誰かと話しているように見える。

とても忙しそうなので、そのまま通りすぎて歩いていると、前方にある木立の間に、この城では見たこともない髪色の女の子が一人立っているのが見えた。



「あの方は・・・もしかしたら、お客様なのかしら」