「そうですわ。花月って何でしょうか?と、王子様にお訊ねすれば、いろいろと教えていただけますわ。それが、夜だと、とてもロマンティックかもしれませんわね」

「えっと、ロマンチック・・ですか?」

「えぇ、素敵ですわよ?」



花月。

初めて耳にするけれど、何だかとても素敵な言葉だ。

先生のお勧めの夜だと、訊ねる前にアランのペースに巻き込まれてしまうことが多い。

夕食の時に聞こうと決めて、エミリーは、先生に向き直った。


先生はニッコリ笑って、ではそろそろはじめましょうか・・・と、図案の花の周りを指し示した。



「あの金色の景色は飾りには出来ませんけれど、このシャクジの花の絵はアレンジできますわ。この部分に、もう少しお花を増やして、王子妃様のイメージに近いものにしましょうか」

「はい。おねがいします」



そうして、先生の細やかな指導の元せっせと刺繍をしていると、ふくよかなご婦人が「そろそろお茶を淹れましょうか」と言って準備を始めたので、エミリーは手周りをささっと片付けて手伝いに立った。


ふくよかなご婦人がお茶を用意する間、エミリーはお菓子を一皿ずつに分けていく。



「どうですか?王子妃様。刺繍の会は?」

「はい、とてもたのしいです。刺繍しながらお話されてる内容がとても面白くて、ちょっぴり参考になります」

「あら、それは、もしや私共のですか?」



ふくよかな婦人のぱちくりと丸く見開かれた瞳。

それが瞬きを繰り返しながらエミリーを見つめる。

その感じが料理長によく似ていて、エミリーは親近感を覚えた。

体系は、もちろんご婦人の方がスリムだけれど。


微笑みを向けながら「はい、そうなんです」と答えると、婦人もにっこりと笑んだ。



「まぁそうですのね。光栄ですわ。くだらない話ばかりですけれど、これからは是非口を挟んで下さいませね。皆、王子妃様ともっとお話したいと思っておりますのよ」

「はい、ありがとうございます」

「あら?今日は、随分とたくさんの警備の方がみえますのね」



そう言われて外を見ると、テラスの向こうに警備兵が何人か立っているのが見える。

エミリーにとっては、普段通りの事に思えるけれど、婦人にとっては意外な様子。



「いつも、こうではないのですか?」

「いつもと違いますわ。まぁ、場所が貴賓館だから、ということもあるのでしょうけれど、何かあったのでしょうか。皇后様も戻られませんし・・・さ、王子妃様はこれをお配りしてくださいな」



皆が道具を片付けて、配られたお茶とお菓子を楽しみながら雑談をしていると、「皆様お待たせいたしました」と皇后が戻ってきた。

突然に来客があって今も対応中だけれど、この会があるからと、少しだけ抜けてきたそう。



「今から昼食を一緒にいただきますの。侍従に申し付けてありますから、皆様はいつも通りになさってて下さいな。あぁ、エミリーさんは迎えが来るまでは、お帰りにならないようにして下さいね」


では失礼。と、必要なことだけを伝えて、皇后は再びいそいそと出て行ってしまった。



「まぁ、突然の来客などと珍しいことですわね」