エミリーが驚きの声を出すと、先生はにこにこと笑みながら「お静かに」と言って人差し指を唇にあてた。



「あ、すみません。えっと、それなら、もしかして先生は、植物の研究もしてるのですか?」



シャクジの森に入ることが出来る人は、極々僅か。動物や植物の研究者くらいで、パトリックでさえも滅多に入ることがない。

アランも月に一度定期視察に入る程度で、普段から森の門は固く閉ざされている。

エミリーは、アランに我儘を言って特別に何度か入ったことがあるけれど、それは入口付近だけ。

アランが言うには“あそこは危険な場所”で“保護するべき大切な森”なのだ。



「いいえ、違いますわ。実を言いますとね、私、森番でもあり植物学者でもあるリックの妻ですの」

「リックさんの?わたし、リックさんにはいろいろお世話になってるんです。ムリなおねがいを聞いていただいたりして」

「えぇ、そのことは、リックの最高の自慢話として、何回もうかがっておりますわ」



食事時などに、それは上機嫌に話すのですよ。

そうお話しする先生の声が一層低く小さくなっていくので、エミリーは一言も漏らさず聞こうと、刺繍の図案を先生のいる方にツツツとずらして身体を寄せていった。



「それでね、王子妃様。私も一度だけ、リックと一緒にあの光景を見たことがありますの。今も、あの素晴らしい景色はこの瞼の裏に焼き付いていますわ」

「そうなんですか。先生も―――」



―――金の綿帽子の原。美しくも儚い光のショー―――

まだこの国に来て間もない頃、アランに連れて行ってもらった森の奥深く。

初めての外出は、とても素敵で特別なものだった。



「あの時アラン様は、わたしを元気づけるために見せてくれたんです」

「その時のお話はリックから聞いておりますわ。王子妃様をお連れになった王子様は、それはそれはお優しい表情をされていたと―――それに、私があの光景を見られたのは、王子様が特別な許可を下さったからなんですよ」

「アラン様が?・・・そうなんですか」



やっぱりアランは、他の方にも優しいのだと、改めて思う。

威厳があってとても怖いと言う人が多いけれど、アランが時折見せる優しさは一般の民にまで及んでいる。

料理長や皆が口を揃えて言うように、エミリーだけではないのだ。



「あの森はとてもふしぎな場所だと、アラン様に聞いてます」

「そうですわね。リックもあまり多くは話してくれませんけれど、今でも日々不思議に出会うそうですわ。そう、このシャクジの花にも、何やら素敵な秘密があるそうですわよ」

「ひみつ、ですか?」