そうなのだ。

いつもはもっと早いのだ。

そして、いつの間にか背後に立っていて、下拵えをするサリーの身体をふわりと包み込んでしまうのだ。

何をするでもなく、抱き締めるでもなく、サリーの動きの邪魔にならないよう、絶妙な具合で後ろに立って作業を見ているのだ。


まったくもうっ・・・とひとりごちてドキドキする胸をなだめ、一度外に出て様子を見てみようかと考え始めたサリーの目に、扉がゆっくりと開くのが映った。


カランコロン・・・。


まったり鳴るベルの音を聞きながら、優雅に歩いてくる姿をじっと見つめる。

いつもと変わらない。

優しげなくせに、いざというときは何とも恐ろしい気を放つ、この国一番と言ってもいい、とんでもなくイイ男。

この国の王子の従兄でもある兵士長官パトリック・ラムスター。


隣に立つのを望む貴族方のご令嬢が引く手数多にいると言うのに、どうして自分に会いに来てくれるのか、サリーには今一つ理解できていない。

ちょっとしたきっかけで知り合いになったあと、“ありのままの私を知ってほしい。私も、君のことをもっと知りたいんだ、良いかな?”と言って、頻繁に店に来るようになったのだ。



――私なんて、何の良いところもないのにさ――



「サリー、遅くなってすまないね」

「あ・・・こっちに座って。今日は明るいから――」



サリーは、月明かりの差し込む窓際の席に誘導して、向かい合って座った。

月の光のせいか、銀髪がいつもに増して綺麗に輝いて見え、いつも優しいブルーの瞳は潤んでいて、気のせいか愁いを含んでいるように思える。



「話しがあると、聞いたんだが・・・」

「あ・・あの――」

「サリー。情けない事に、私は、その話を聞きたくないと思っていてね。中々脚を向けることが出来ず、こんな時間になってしまったんだ」

「へ?聞きたくない・・・って、あの?」



まさか、話の内容を知っているのだろうか。

王族ともなれば、一般の民といろいろ違って、国で起こってる事をいち早く察知する能力でもあるのだろうか。

でも、面倒な事に巻き込まれたくないと、考えるようなお方ではないのだけど・・・。


そう思いながらも目の前にいる優しげなイイ男をよくよく見てみるサリー。

すると、何だかいつもと違って少し沈んでいるように感じた。


――仕事で何か失敗して、アラン王子に叱られたのだろうか。



「・・・これでもいろいろ経験はしてきたつもりだが、そういうことには全く慣れていなくてね。覚悟を決めるのに結構時間がかかってしまった。・・・どんなことでも、君の話ならば一言も漏らさずに受け止めるよ。さぁ・・・話してくれるかい?」