月が雲に隠れる夜。

ヒュウー・・ヒュウゥー・・と風の唸る音だけが響く。

時折強く吹く風はゴオォォと音を立て、木枝を大きくしならせ、まばらに建つ民家の戸をガタガタと揺さぶった。

人は家の中に閉じこもり、夜行性の獣でさえも棲みかに引きこもってじっとしている。

そんな嵐のような風が吹きすさぶ中を、暗闇に紛れるように一つの影が歩いていた。

灯りも持たず風に飛ばされそうな衣を強く引き結び、ヨロヨロとしながらも必死に歩いていく。


長い時間長い距離。


休みなく歩き続けていた脚は疲れ切っていて、地を踏む足の感覚もないほどに痺れていた。

それでも唯一つの想いを胸に、意識の有る限り必死に体と脚を動かし続ける。



「行かなければ・・・なんとしても」



自らを励ますように出した声は、風の音にかき消され心が折れそうになる。

強風に運ばれて飛び来る砂や木の葉などが体や頬にピシピシと当たる。

それでも、懸命に前へ前へと進んでいく。



早く。

急いで目的の場所へ。


唯それだけ。


一心な想いは疲れた体を突き動かし、寝る間も惜しませていた。


それは夜明け間近だった。

何日も休まずに歩き続けた視界の先に、ようやく目指すものが見えてきた。

ほとんど霞む視界に、話に聞いた通りの景色が映る。



「あぁ・・やっと・・・ここまで・・来た・・」



安心したようにそう呟いたきり、その場に崩れるように倒れてしまった。

腕も脚も鉛のように重く、もう指先さえも動かすことが出来ない。



「・・・どうか・・・」



そう呟いたきり意識が途切れ、瞼がゆっくりと閉じられた。


その体に、朝の光がゆっくりと当たり始める。



ここはギディオン王国の一番の繁華街、市場通り。


石畳の道に、汚れてあちこち破れた衣と傷だらけの手脚がはっきりと浮かび上がる。


見るも無残な姿は、ここ数日間続けた旅の凄まじさを物語っていた。