その頃、エミリーは、宿の部屋で寛いでいた。

馬車が辿り着いたのは、国境近くにあるという宿。

ここは、アランが毎年宿泊していて、城並みに警備がしっかりしているところ。

そのため、特別な警備以外は必要なく、大半の兵士たちはここで旅の疲れを癒し、明日の都入りに備えるのだった。


二人にあてがわれたのは、異国情緒たっぷりの部屋。

故郷で言うならば東洋風な作り。

エンジ色と緑色を基調としすっきりとした洒落たインテリアで、普通窓があるべきところには、格子の枠に紙が貼られた一風変わった引き戸がある。

それを開ければベッド一個分くらいの小さな空間があって、小さな丸いテーブルと籐の椅子が2脚置かれていた。

そこに、エミリーは座っている。

膝の上には、晩御飯を食べ終わって満足げにしっぽを揺らすシャルルがいる。



「すてきだわ―――」



エミリーはシャルルの背を撫でながら、感嘆のため息を漏らした。

峠の上にあるこの宿の窓からは、遠くにあるヴァンルークスの都街が一望できる。

そこにある一件一件に点る灯りがかたまって、綺麗な夜景を作っていた。


チラチラと儚く揺れる灯は美しくて、まるで、地上に星空があるかのよう。

雲ひとつない空に輝く満天の星と輝く二つの月。

柔らかな月明かりは高山の頂にある雪を金色に染め、地上の夜景と相俟って、この世の物とは思えない美しい景色を造っていた。

そう、そこに、宇宙があるような。

ここまで来るのに起きた嫌な出来事が、全て、帳消しになるような―――



これも、旅ならではのもの。

ギディオンの城からは、決して見る事が出来ない風景。




「アラン様は、毎年、この夜景を見ているのね。ひとりで何を思っていたのかしら」



エミリーは、夜景を眺めるアランを想像してみた。

去年の今頃といえば、二人はまだ出会う前。

縁談が降るように舞い込んでいて、最有力妃候補がマリア姫だった頃だ。



―――もしかしたら、この国にも妃候補のお方がいたのかもしれない。

そして、そのお方と会う前で、ドキドキしていたのかも。

アラン様のお相手なのだもの、きっと綺麗なお方なのだわ―――



エミリーは、いろいろと想像を膨らませてしまい、ちょっぴり切なくなってきてしまった。

なにせ、出会う前のアランがどんな風に過ごしていたのか、まったく知らないのだから。


10代の頃に好きな人がいたっておかしくないし、経験だって、その時にいろいろ済ませているのかもしれないのだ。



―――内緒で好きな人と会って、それで―――・・・。