風の国ヴァンルークスの国境近く。

風が吹き荒ぶ山道を、一台の馬車が進んでいた。

ゴーゴーと唸る風は、葉のない木々の枝をしならせ、車体を左右に揺らし、必死に足を動かす馬の歩みを遅めていた。

急げ。頑張れ。と馭者が懸命に振るうムチも、馬に届く前に風に流されてしまい、全く効果がない。


その強い風を受けてガタガタと揺れる馬車の中に、一人の男が、恐れる風もなく悠然と座っていた。

くるぶしまである長衣を身に纏い、目深に被ったフードの下から覗く薄い唇は僅かに歪められた。



「全く、ここは、相変わらずだぜ」



忌々しげに呟くと、男は窓の外を眺めた。

空に浮かぶ二つの月は薄雲に覆われていて、地上に注ぐ光の恵みは僅かしかない。

いつ訪れても、ここの空はこんな感じだ。

昼間も夜も、年中こうなのだ。


流れる雲の加減で、時々僅かに明るくなる月明かりに、まばらに建つ民家が仄かに照らし出される。

元は立派な屋敷だったであろう所も、門扉は傾き、庭は荒れ果てている。


ここは、捨てられた土地。

人がいなくなって、一体何年経ったのだろうか。

それは、男にもわからない。


堅く閉ざされた木戸は合わせ板がバナナの皮のように剥けてびらびらと風に吹かれ、外壁は表面が剥がれ落ち、窓は割れて全体的にぼろぼろだ。

崩れないのが不思議なほどの有り様だ。




「まあ、ある意味、いい場所だがな・・・」



誰もこんな土地には住もうと思わない。

こんな、強風が止まない村などには―――



赤子の歩みよりも遅く思えた馬車は、やがて一件の屋敷に辿り着いた。

馬車から降り立った男の長衣が風にパタパタと煽られ、僅かにフードをずらした。

露わになった鋭い瞳が、小さな屋敷を睨むようにして眺める。

切り立った山肌迫るここは、他に比べて風当たりが弱い。

屋敷は最低限の手入れをされていて、庭には小さな畑も作られており、人が住んでることは明らかだ。

屋敷と山肌の間に作られた簡素な馬小屋は広く、40頭あまりの馬がのんびりと水と飼葉を食んでいる。


暫く佇んでいる男の元に、屋敷の方から一人の若い男が駆け寄ってきた